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キツネやムジナの話

キツネやムジナの話

狐に魚を盗られた話

大多喜町の昔ばなし

ある薄曇りの日、吉兵衛(きちべえ)さんは畑で一生懸命にサツマイモの蔓返(つるがえ)しをしていた。蔓返しというのはサツマイモはそのままにしておくと、葉の節々から細い根が出て土に根つき、葉ばかり生長するので、この根を切り離すために蔓を引っ張って裏返しにする仕事である。
と、突然、女の声がした。おどろいて顔をあげて見ると編み笠をかぶり縞(しま)のつっぽ袖に籠(かご)を背負った中年の女が、二十間ばかりはなれたサツマイモ畑の中をなにやらブツブツいいながら近づいて来た。それも着物の裾(すそ)を両手で高くくくりあげ、川の流れの中でも歩くようなかっこうで
「おお、深けえ、おお深けえ」
と一足ごとに高く足をあげてはその足をこわごわとイモの葉の中にさしこんではぬき、ぬいてはさしこんで歩いてくる。吉兵衛の目にはいやおうなしに女の白い太ももがまぶしかった。吉兵衛はてっきり女に化けた狐だと思った。
「ちくしょう、出やがったな。おれを化かそうたってその手にのるもんか」
と腰にさした鎌(かま)の柄(え)をにぎった。が、近づいた編み笠の中の顔は村から二里ほど離れた浜から魚の行商(ぎようしよう)に来るオサトさんである。吉兵衛は張りつめた気もゆるんで
「オサトさんよ、おめえあにしてっだよ」
と大声をかけた。オサトさんは一瞬キョトンとした顔になり
「あれ、ここは川じゃねえのけ」
「あに、とぼけてっだよ。イモ畑だよ」
やっと、われに返ったオサトさんを畑のそとにつれ出し、二人で土手に腰をおろした。落ち着いてきたオサトさんの話によると、オサトさんはその朝、かねて頼まれていた鰯(いわし)の干物(ひもの)を持ってここから半里ほど先の村へ届けに行く途中で、ここまで来ればもう近い、少し早いが昼飯にしようと道ばたの道祖神(どうそじん)の前に籠をおろして、おにぎりを食べ、ゆっくりとお茶を飲んでちょっと横になった。うとうとした時、近くで動物の歩くような音がしたような気もしたが、さして気にもしなかった。少ししてからまた籠を背負い畑の中の道を歩きはじめた。するとみょうに背中に冷たいものがはしったなと思ったら急に目の前がボーとかすんできた。さあ、これはたいへんだ。こんな所でたおれてしまってはと、いっしょうけんめいに歩こうとしたが、いつのまにか川の流れに入ってしまっていた。それもだんだん深くなる。しかたなく裾をできるだけたくし上げて歩いたが、つい足を滑らせてしりもちをついてしまった。あわてて立ち上がろうとしたが、なにかに後ろにひっぱられて立ち上がることができない。その時、背中の籠を揺さぶられ、なにやらものを噛(か)むような音がしたそうだ。それから、やっと立ち上がることができて、そろそろと歩いていたのだという。
つまりオサトさんが川だと思っていたのはサツマイモ畑ののびた蔓の中だったのだ。
そこでねんのために二人で籠の中を調べてみると、食い荒らした目ざしの竹串が散らばっていて、干物もだいぶ少なくなっていた。これはオサトさんが立ち上がろうと跪(ひざまづ)いている時に狐にやられたにちがいない。籠の縁に茶褐色の毛が七・八本からみついて風にゆれていた。
村に帰ってこの話をすると、村人達は口をそろえてやっぱり「狐原」には悪い古狐がいるにちがいないと言い合った。その後も夕暮れ時に時々狐の鳴く声を聞いたという者もいて村人はじめ吉兵衛さんもこの説を固く信ずるようになった。

(齊藤 弥四郎 編纂)

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つか坊と姉ちゃん