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怖い話

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カニのおんがえし

勝浦市の昔ばなし

1
むかし むかしのことだ。
勝浦の総野に、たいそう信心ぶかい しょう屋さんがおった。
しょう屋さんとその家族は 朝に夕に 仏さまに手をあわせていた。そんな父と母のすがたを見てそだったので、ひとりむすめのオハナも おきょうをおぼえ、いつからともなく 仏さまに手をあわせるようになっていた。

2
ある 春のことだった。
「きょうは、草もちをつくって ほとけさまにあげましょう」
「ええ、草もち・・・。オハナだいすき」
「そうよね。草もち すきだったよね」
「オハナ、よもぎつんでくる」
「ああ、たすかるね」
春のひざしが、ぽかぽか、ぽかぽかして、とってもあたたかく、道ばたの黄色いたんぽぽもにも 日がさして かがやいていた。よもぎは、新しい葉をだしたばかりで 小さかったが、野のあちこちに はえていた。たちまちかごいっぱいになった。
(はやくかえって、お母さんといっしょに 草もちつくろうっと。たんぽぽも つんでかえりましょう。ほとけさまも よろこんでくださるでしょう)かごいっぱいになった よもぎをだいじにかかえて、いすみ川にそって 歩いていった。
すると 川のほとりに こどもたちが、わになってあそんでいた。
「はやく、たきびに火をつけようぜ」
「はやくしてよ、はやく・・・」
オハナは(こんなポカポカしたあたたかいようきに、たき火なんて・・・)と おもいながら、こどもたちのわに 近づいた。
「どうしたの、こんなあたたかい日に たきびなんて」
「ねえちゃん。さむいんじゃないんだ」
「じゃあ、どうして」
「どうしてって、見ればわかるだろう」
「これから このカニ焼いてたべるんだよ」
こどもの指さすほうを見ると、ざるの中に カニがうようよしていた。ざるいっぱいのカニは、必死に ざるの外にでようとしている。
「この川で とったんだ」
「これから 焼いて食べるんだ」
「焼いてたべる?」
「カニはうまいぜ。ねえちゃんも食べる」
「かわいそうよ。焼くなんて。にがしておやり」
「にがすなんて、だめ、だめ。せっかくとったんだ」
「火で焼く」。カニたちにも聞こえたのだろか、カニのうごきは ますますはげしくなって、かごからでようと ざわざわしている。でも、かごのふちまでは はいあがれず、ざるのとちゅうで 落ちる。そしてまた ざわざわと はいあがろうとする。かろうじて、ざるからはいあがったカニは こどもの手につかまえられて また ざるにもどされる。
「ねえ、おねがい。おねえちゃんのおねがい。たすけてやって」
オハナは手をあわせて こどもたちにたのんだ。
「だめだめ、おねえちゃんに いくらおねがいされても。だめだよ」
こどもたちは 耳もかしてくれない。
オハナは カニたちがかわいそうで しかたなかった。
「ね、これからおねえちゃん、草もちつくるの。草もちみんなにもあげるから カニをにがしてやって」
「草もち?」
こどもたちは 顔をみあわせた。からだのいちばん大きなこどもがいった。「草もちか・・・」
「草もちなら、カニとこうかんしてやるよ」
「ありがとう。ありがとうね・・・」
「夕方になったら、家においで。たくさん草もちつくっておくから」
「ああ、たのむよ。たくさんつくってよ」
こどもたちは、ざるに入ったカニをそのままおいて
「草もち、草もち、おいしいな・・・」
「草もち、草もち、たべたいな・・・」
と いいながら 川下のほうに走って行った。オハナは ざるをかかえ
「さあ、お家へおかえり。お家にかえれるわよ」
と、いいながらカニを川にはなした。カニたちは、はさみをもちあげながら水にはいっていった。
家にかえったオハナは、草もちとこうかんに カニをたすけたことを家族に話した。すると 父と母はよろんだ。
「よいことをしましたね」
「こどもたちとやくそくしたなら、草もちを たくさんつくらなければなりませんね」
「ほんとうにいいことを・・・」
「オハナは やさしい子だこと。ほんとうに・・・」
あんまりほめれられて、オハナもすっかりうれしくなった。
西の山にお日さまがしずむころ、草もちはできあがり、こどもたちがやってきた。
「うまい。うまい・・・」
「カニより 草もちのほうがうまいや・・・」
こどもたちは 大よろこび。オハナも よろこんだ。

3
こんなことがあってから 数年たった。オハナは 村中で一番といわれるほど、美しい娘になっていた。
ある夏の午後だった。オハナは 夷隅川のほとりにそって ほとけさまにあげる花をつみにでかけた。草のかおりがただよい、夷隅川の音にまじって時おり小鳥がなく。美しい自然にさそわれるように 花もあちこちにさきみだれていた。
オハナは 花にさそわれるままに、やがて川をはなれ、山の中にはいっていった。気がついたときは、見たこともない 滝のほとりに立っていた。
ゴーウ、ゴーウ・・・
ドドー、ドドー・・・
すさまじいいきおいで 水をおとし、滝つぼは すんだ水をたたえていた。オハナは きゅうに心ぼそくなった。きた道をふりかえってみると、林が
つづいているだけで、道はきえている。お日さまも 木々にさえぎられて、あたりは うすぐらい。
ゴーゴー
ドドー、ドドー
滝の音のほかは なにもきこえない。
その時 ふと 人のけはいをかんじた。滝のほうを ふりかえった。すると滝つぼのそばに 若者が立っている。美しい若者である。オハナは ちょっぴり、ほほの赤らむのをかんじた。
「・・・道にまよってしまいました」
オハナは 手にもった花に 目をおとしながらいった。
「しょう屋さんところのオハナさんですね」
びっくりしたオハナは、ちょこんと頭をさげた。
「・・・オハナさんは一人っ子でしょう・・・それに、お家にはお父さんとお母さんと・・・」
と、オハナの家のこと、総野の村のこと、とてもよくしっているのでふしぎでたまらない。やがて、二人はうちとけあって話しはじめた。
あたりは すっかり暗くなった。ふと、お母さんを思い出し
「お母さんが心配するので、かえります」
「そうね、みんな心配しているね・・・」
オハナがたちあがると、ふしぎなことがあるもんだ。草におおわれていた林の中に ほそい道が つづいているではありませんか。また、あう約束をして 道をいそいだ。オハナは なんどもなんどもふりかえって 若者に手をふった。若者もなごりおしそうに オハナのすがたがみえなくなるまで 手をふりつづけた。

4
オハナは 若者がわすれられなくなっていた。
「きょうも花をとってくる」
と いって毎日 山にいった。
(きれいな花が まいにち仏さまにかざられて、いい)と 思っていたが、くる日もくる日も 山にでかけるので、お母さんとお父さんは 心配になってきた。あるとき、お父さんはこっそりオハナのあとについて行った。(こんな山おくに、あんな美しい若者が・・・。もしかして、あれは 化けものではないか)と思った。その夜 お父さんは妻にきょうのことを話すと、オハナにいった。
「オハナ、これからお父さんのいうことを、よーくきいてくれ」
「お父さん、あらたまってどうしたのですか」
「近ごろオハナのようすがへんなので、きょう おまえのあとをついて行ってみたんだ・・・」
お父さんは 話しだし、さいごに大きな声で
「あの若者は 化けものだ。もうあすから二度と行ってはならぬ」
と、いった。オハナはないた。いっぱいなみだをうかべて、いった。
「ちがいます。ちがいます。けっして化けものなんかではありません。あのかたは、身分のたかいかたでございます。けっして、ばけものなんかではございません。わたしは、あのかたに あいにまいります・・・」
お父さんとお母さんは こまってしまった。
「わたしは、あのかたと けっこんします」
オハナは ただ なくばかりだった。
しばらくして、お母さんがいった。
「オハナ、いっしょになる約束までしたら、これを若者にわたしてくれまいか」
と、赤いくしをさしだした。
「これはお母さんがおよめにくるときにもってきた、だいじなくしです。このだいじなくしを 若者にやってくだされ。そのかわり、若者から若者の一番だいじにしているものを もらってきてくだされ」
「この くしのかわりに、若者のだいじになものを もらってくればいいのですね」
やっと オハナはなくのをやめた。
よく日、オハナはお母さんからもらったくしをもって、いつものように
山に行った。そうして、かえりに若者が一番だいじにしているという キラキラ光る 銀色の小さな板をもらってきた。
「おお、なんと美しいこと。やっぱり、あのかたは 身分の高い人にちがいない。こんな銀色の板をくださるとは・・・」
オハナは お父さんとお母さんの前にさしだした。
「おお、なんと美しいこと・・・」
「この銀のかがやき・・・」
あまりの美しさに ただ見とれていた。しかし、お父さんは銀色の板を手にすると、じっとみつめた。やがて顔色が青ざめてきた。
「おとうさん、なにか。どうかしたのですか」
やがて、ゆくりといった。
「よーく見ろ、これはへびのうろこだ」
へびに 力をこめていった。
「へび。へびのうろこですって」
「それでは、若者はへび・・・」
・・・・
「うそです。うそです。そんな・・・」
オハナは 小さな銀の板を手にした。しかし、よく見ると、たしかにへびのうろこである。へびのうろことわかると
「わかりました。もう二度と山にはゆきません」
ふるえながらいった。
このあと オハナは山に行かないばかりか、家の外にも二度とでようとしなかった。

5
そんなことがあって 三日めの夜であった。
「もしもし、もしもし・・・」
と しょう屋さんの家の戸を たたく若者があった。
「こんなおそく だれだろう・・・」
顔をみあわせた。
「もしや・・・。オハナをはやくへやのおくに」
お父さんは、オハナをへやのおくにいれると、おそるおそる戸をあけた。そこには美しい、若者が立っていた。たしかに、林の中の滝のそばで見かけた若者である。ふるえながら、お父さんは
「どちらさまでしょうか」
と たずねた。
「夜おそくすみません。わたしはオハナさんとしょうらいをやくそくした者です。オハナさんはいらっしゃいますか」
と ひくい声でいった。おとうさんは
「なに、しょうらいをやくそくした。オハナはへびなどにやれない」
「かえってくれ。かえってくれ」
と 戸をしめようとした。
「かえれだと」
若者は 地のそこからひびいてくるような声でいったかと思うと、大きなへびとなって、玄関からあっという間に家の中にはいっていった。
「オハナはどこだ。オハナー、あれほどやくそくしたではないか」
大声をだしながら、部屋という部屋をさがした。しかし、見つけることはできなかった。
へやのおくにいたお母さんは オハナを長持ちにいれて かくした。やがて、
「うう・・。ううう・・・。におうぞ、におう。こちらのほうからオハナのにおいがする」
へびは部屋のおくにおいてあった長持ちに近づいてふたをあけようとした。「オハナ、オハナ。おれだ。けっこんをやくそくしたおれだ・・・」
と さけんだが、長持ちの中のオハナは じっと息をころしていた。お父さんとお母さんは 気がきでなかった。
「このばけものめ、かえってくれ。おまえなんかにオハナをやれない」
「ほとけさま、お助けくだされ。お助けを・・・」
と なきさけんだ。
すると、部屋のたたみの間から、カニがでてくるではないか。あっ という間にむれをなした。むれはへびに近づくと、いっせいに へびにかみついた。目にかみつくもの、しっぽにかみつくもの・・・あっという間に、へびのからだは カニでおおわれた。へびはカニをふりはらおうと、からだをくねらせあばれたが、かみついてはなれなかった。真っ赤な血でそまった。やがて しっぽがくいちぎられ、どうがちぎられた。そうしてやがて へびの命はたえた。へびの命がたえたことを知ると、カニたちは高々とはさみをあげて かえっていった。
「ああ、ありがとございました。ほとけさまが助けてくださった」
「いつか助けてやったカニが なかまをあつめて助けにきてくれたのだ」
「ありがとうございました。ありがとうございました」
なんども れいをいって感しゃした。
このあとも、しょう屋の家はほとけさまをうやまい、信心を深めた。
また、総野には「カニ田」とよばれる地名が残あり、「蟹連寺(かにれんじ)」とよばれる寺も残っています。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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