1
むかし、むかしのことだ。勝浦の観音坂(かんのんざか)に 大きな大きなエノキの古木があった。ここを通るとき、昼でもうすぐらくて、うす気味わるかった。夕暮れになると、ばけものがでてくると 里の人たちは うわさした。
「そんな ばかなことがあるものか、それなら このおれがばけものをたいじしてやろう」
と、うでじまんの 太助(たすけ)という若者が 名のりでた。
西の山に 日がしずみ、うすぐらくなると、男は 古くから家につたわる刀をもって でかけた。観音坂(かんのんざか)にくると、エノキの枝が なまあったかい風に ゆっくりとゆれていた。
「よおし、今夜 このおれがおばけをつかまえてやるから、ばけもののやつはやく出てこい」
と、いってエノキの大木に よじのぼっていった。
2
夜も、だいぶふけたころであった。太助(たすけ)の家のとなりの男が ハアーハアー息をきらせてやってきた。
「太助(たすけ)、はやく 家にけえってくれ」
「あじした」
「はやくおりて 家にけえれ、おめえのかかあが 産気(さんけ)づいたぞ」
「・・・だめだ。ばけものたいじするまでは、けえらねえ」
「ばかいうでねえ。はやくけえれ」
「・・・やくそくだから だめだ。けえらねえ」
いくら 帰るようにいっても、太助(たすけ)はいうことをきかない。しかたなく 男は帰っていった。
また、なまあたたかい風がふいてきて 葉をガサガサゆらす。太助(たすけ)はふるえながらも、今か今かと ばけものをまっていた。すると、草のしげったまがりくねった道を ばけものが歩いてくるではないか。太助(たすけ)はふるえてくるのを感じた。しかし、(必ずやおばけをたいじしてくる)というやくそくを思いだして、刀をにぎった。ばけもんは、どんどんちかづいてきた。ちょうど、ばけものが木の下にさしかかたときだ。木の上の太助(たすけ)は、刀をぬいてばけものに切りかかろうとした。そのとき
「太助(たすけ)、はやくおりて けえってこ。」
と、男がさけぶのではないか。
「なんだ、おめえか。びっくりさせるなよ」
「うまれたぞ、おめえのかかあが、ややっこ(赤ん坊)を産んだぞ。ややっこは元気だが、かかあの命があぶねえ、はやく家にかえれ」
しんせきの男がさけんだ。
「今夜は けえれねえ。ばけもんつかまえるまでは だめだ」
と いっていうことをきかない。しんせきの男はあきらめて帰っていった。 太助(たすけ)はまた、エノキの木の上で ばけものをまっていた。しばらくするとまた、ばけものがちかづいてきた。刀をぬいて とびかかろうとした。すると
「太助(たすけ)、なにしているだ。はやくおりてこう」
「なんだ、庄屋(しょうや)どんか」
「なんだとはなんだ。二度もつかいをよこしたのに けえってこないとは。とうとう、おまえのかかあは 息をひきとってしまたぞ。はやくかえってこう」
庄屋(しょうや)は おこっていった。
「庄屋(しょうや)どんがいくらいっても けえらねえ」
といって、木からおりようとしなかった。
3
やがて、ちょうちんの列が やってくるのが見えた。そうしきの列だ。かついできたヒツギを エノキの大木の根元において、そうしきの列は 夜の道に きえていった。ヒツギが ガタガタゆれた。太助(たすけ)は ブルブルふるえてきた。
「うらめしいー」
という 声とともにあらわれたのは、髪(かみ)をふりみだした 女房(にょうぼう)であった。女房(にょうぼう)は
「なんで けえってこねえんだ。おめえは、かかあのことが 心配でねえのか」
といいながら エノキの太木につめをたてながら のぼってきた。
「おめえは、おれのかかあか」
と太助(たすけ)がいうと
「そうとも、おめえのかかあだ」
といいながら すごいいきおいで のぼってきた。そのときだ、着物のすそから、しっぽがみえた。太助(たすけ)は、これはばけものたぬきだな と感じると
「えいっ」
と、刀できりつけた。
ぎゃー、という声とともに、髪(かみ)をふりみだした 女房(にょうぼう)はころげおちた。地におちた女房(にょうぼう)の顔をみると、大きな大きな 古だぬきであった。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)