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神様・仏様の話

神様・仏様の話

瘡盛寺のお稲荷さん

勝浦市の昔ばなし

勝浦市(かつうらし)市野(いちの)郷(ごう)の眞福寺(しんぷくじ)は別名(べつめい)「瘡(かさ)盛(もり)寺(てら)」といわれ、境内(けいだい)にお稲荷(いなり)さんの祠(ほこら)がまつられている。この「瘡(かさ)盛(もり)寺(てら)」、「お稲荷(いなり)さんの祠(ほこら)」には、こんないいつたえがある。

1
むかしむかし、今(いま)から約(やく)八〇〇年(ねん)ほど前(まえ)のことだ。
ここ市野(いちの)郷(ごう)はおそい秋(あき)をむかえていた。空(そら)はどこまでも高(たか)く澄(す)んで、紅葉(こうよう)が陽(ひ)に照(て)らされ輝(かがや)いていた。曲(ま)がりくねった細道(ほそみち)を
南無(なむ)妙法(みょうほう)蓮華(れんげ)経(きょう)
南無(なむ)妙法(みょうほう)蓮華(れんげ)経(きょう)
・・・
経(きょう)をとなえながら、力強(ちからづよ)く歩(ある)く僧(そう)の影(かげ)があった。厳(きび)しい修行(しゅぎょう)を積(つ)み、徳(とく)のある高僧(こうそう)という雰囲気(ふんいき)がただよっていた。
ちょうどこの市野(いちの)郷(ごう)にさしかかった時(とき)である。百姓(ひゃくしょう)たちがさわいでいる。
「いったいなにごとじゃ」
「は、はい、高熱(こうねつ)で苦(くる)しんでいる子(こ)に願(がん)をかけているのです」
「願(がん)をかける?」
「そうです。この村(むら)ではこまったことが起(お)きると、このキツネのお稲荷(いなり)さんに、みんなでお願( ねが)いするのです」
「そうでござるか・・・。それで、ききめはあるのか」
「そりゃ、ありますだ」
「まあ、見(み)ていてくださいな。高熱(こうねつ)を出(だ)して、ぐったりしていた子(こ)どもも、もう少(すこ)しで治(なお)るでしょう」
「そうか。しばらくようすをみさせてくだされ」
僧(そう)はことのなりゆきを見守(みまも)っていた。百姓(ひゃくしょう)たちは一心不乱(いっしんふらん)に祈(いの)った。時々(ときどき)、秋(あき)の終(お)わりをつげる風(かぜ)に、紅(あか)や黄色(きいろ)に色(いろ)づいた葉(は)が落(お)ちてくる。稲荷(いなり)さまの祠(ほこら)にも、手(て)を合(あ)わせ熱心(ねっしん)に祈(いの)る百姓(ひゃくしょう)たちの頭上(ずじょう)にも、落(お)ちる。
・・・・ 時(とき)が過(す)ぎた。
「やったあ」
という声(こえ)がしたかと思(おも)うと
「ばんざあい。やった。やった」
「助(たす)かったぞ、助(たす)かったぞ」
「お稲荷(いなり)さま、ありがとうございます」
「お稲荷(いなり)さまありがとうございます。ありがとうございます。お稲荷(いなり)さま」
歓声(かんせい)と感謝(かんしゃ)のことばが、わき上(  あ)がった。高熱(こうねつ)の子(こ)どもは、母(はは)の胸(むね)にだかれ乳(ちち)をしゃぶりながら、笑(え)みをうかべているではないか。
ことのなりゆきを見(み)ていた僧(そう)はおどろいた。
「これは、いったいどうしたことだ。なんという霊験(れいげん)あらたかなる、お稲荷(いなり)さまだ」
「どうか、お稲荷(いなり)さまの霊験(れいけん)を、この僧(そう)にも分(わ)けてはもらえぬか。私(わたくし)は日蓮(にちれん)さまの弟子(でし)で、教(おし)えを説(と)いて、この房州(ぼうしゅう)を歩(ある)いているのです。どうかお稲荷(いなり)さまの力(ちから)を私(わたくし)にも分(わ)けあたえてください」
庄屋(しょうや)に申(もう)し出(で)た。庄屋(しょうや)はこまったが、熱心(ねっしん)な僧(そう)の申し出(もう で)に心(こころ)うたれ(お稲荷(いなり)さまの霊験(れいけん)が日本中(にほんじゅう)の人(ひと)のためになるなら)と、お稲荷(いなり)さまをこの僧(そう)にたくした。僧(そう)はいただいた像(ぞう)をふところに大事(だいじ)に入(い)れ、市野(いちの)郷(ごう)を出立(しゅったつ)した。僧(そう)の名(な)は、日持上人(にちじしょうにん)といって、日蓮(にちれん)上人(しょうにん)の高弟(こうてい)であり、のちにここ眞福寺(しんぷくじ)を開(ひら)いた僧(そう)である。

2
ある夏(なつ)の日(ひ)だった。その年(とし)はことのほか暑(あつ)かった。川(かわ)の水(みず)がかれ、田畑(たはた)の作物(さくもつ)がかれる。あちこちの村(むら)で被害(ひがい)が相次(あいつ)いだ。そんな夏(なつ)の午後(ごご)、日持上人(にちじしょうにん)は真黒(まっくろ)い影(かげ)をおとしながら
チャリン チャリン チャリーン
錫(すず)をならし、房州(ぼうしゅう)の小(ちい)さな村(むら)に入(はい)った。
「さわっちゃ、おいねえー。そのままにしておけ」
「さわるとうつるぞー」
・・・・・・
村(むら)の衆(しゅう)がさわいでいる。
わけをきくと、疱瘡(ほうそう)が大流行(だいりゅうこう)しているという。高(たか)い熱(ねつ)にうなされたかと思(おも)うと、やがて、体中(からだじゅう)に紅(あか)いはんてんが出(だ)る。そうして食欲(しょくよく)がなくなり、やがて、やせ衰(  おとろ)えて死(し)んでいくというのだ。そのため病人(びょうにん)をみると怖(こわ)がってだれも近(ちか)づかない。
病人(びょうにん)は村(むら)はずれのそまつな小屋(こや)に移(うつ)されていた。
そんなありさまを見(み)た僧(そう)は小屋(こや)に入(はい)った。
「安心(あんしん)しなさい。もうだいじょうぶです・・・」
「私(わたくし)が祈(いの)ります」
ふところからお稲荷(いなり)さまの像(ぞう)を出(だ)し、
南無(なむ)妙法(みょうほう)蓮華(れんげ)経(きょう)
南無(なむ)妙法(みょうほう)蓮華(れんげ)経(きょう)
・・・・・・
経(きょう)を唱(とな)えた。すると、不思議(ふしぎ)なことに、紅(あか)い発疹(ほっしん)がひいていくではないか。そうして、苦(くる)しんでいた病人(びょうにん)たちが、元気(げんき)になってくるではないか。
赤(あか)いはんてんと高熱(こうねつ)に悩(なや)まされていた病人(びょうにん)がみな元気(げんき)で帰(かえ)ってきたのだ。
「おとうが帰(かえ)ってきた。」
「一人(ひとり)息子(むすこ)が帰(かえ)ってきた」
「やさしいおっかあが帰(かえ)ってきた」
村(むら)のみんなが、喜(よろこ)んだ。そうして
「ご上人(しょうにん)さまありがとうございました。ありがとうございました」
と、何度(なんど)も何度(なんど)も頭(あたま)をさげて、礼(れい)を言(い)った。

3
時(とき)が過(す)ぎ、霊験(れいげん)あらたかなお稲荷(いなり)さまの像(ぞう)は、日蓮宗(にちれんしゅう)に受け継(う つ)がれて行(い)った。時代(じだい)は江戸(えど)であった。
勝浦(かつうら)城主(じょうしゅ)植村(うえむら)土佐守(とさのかみ)の側室(そくしつ)が、重(おも)い疱瘡(ほうそう)にかかった。江戸(えど)の医者(いしゃ)や高僧(こうそう)をよんで診(み)てもらったが、ご利益( りやく)がなかった。
「灯台もと暗(とうだい  くら)し」。市野(いちの)郷(ごう)の眞福寺(しんぷくじ)の住職(じゅうしょく)が、祈祷(きとう)の名人(めいじん)であることが城主(じょうしゅ)植村(うえむら)土佐守(とさのかみ)の耳(みみ)に入(はい)った。
「すぐによんでまいれ」
城主(じょうしゅ)の一言(ひとこと)で上人(しょうにん)がよばれた。
寝室(しんしつ)に通(とお)された上人(しょうにん)はおどろいた。房総(ぼうそう)一(いち)、いや日本一(にほんいち)の美人(びじん)と噂(うわさ)されていた側室(そくしつ)の顔(かお)に、紅(あか)いぼつぼつが広(ひろ)がり、見(み)るもあわれであった。
「熱(あつ)い、熱(あつ)い・・・助(たす)けてえ助(たす)けてえ・・・」
「かゆい、かゆい・・・助(たす)けてえ」
苦(くる)しそうにうめき声(ごえ)をあげている。
「上人(しょうにん)殿(どの)。ごらんの通(とお)りじゃ、そちの力(ちから)で治(なお)してくれまいか」
「はい。一生懸命(いっしょうけんめい)お祈( いの)りいたします」
上人(しょうにん)はふところから、お稲荷(いなり)さまの像(ぞう)をとりだし祈(いの)った。
南無(なむ)妙法(みょうほう)蓮華(れんげ)経(きょう)
南無(なむ)妙法(みょうほう)蓮華(れんげ)経(きょう)
・・・・・・
懸命(けんめい)に祈(いの)った。ひたいにふきだした汗(あせ)は、ほほをつたわって流(なが)れる。うめき声(ごえ)をあげていた側室(そくしつ)は、やがて、寝入(ねい)った。
それでも、祈(いの)りはつづいた。勝浦(かつうら)湾(わん)が朝日(あさひ)に輝(かがや)き始(はじ)めた。
側室(そくしつ)は、静(しず)かに寝入(ねい)っている。殿(との)さまは、そっと側室(そくしつ)の顔(かお)をのぞきこむ。
「おお、紅(あか)いはんてんが消(き)えている」
「美(うつく)しい顔(かお)に・・・」
側室(そくしつ)はもとの美(うつく)しい顔(かお)にもどっていた。、おだやかな寝顔(ねがお)である。
「上人(しょうにん)殿(どの)、ありがとうございます。ありがとうございます」
殿様(とのさま)はよろこんだ。
「上人(しょうにん)殿(どの)、ほうびを・・・。何(なん)なりとお申(もう)しつけください」
「私(わたくし)の力(ちから)ではありません。すべてこのお稲荷(いなり)さまのおかげです。ほうびなどいりません」
と、言(い)いながらお稲荷(いなり)さまの像(ぞう)を布(ぬの)でつつみ、ふところに入(い)れた。
「それならこの小判(こばん)を」
黄金色(こがねいろ)の小判(こばん)をお盆(ぼん)いっぱいに出(だ)された。しかし、がんとして受け取(う と)らず市野(いちの)郷(ごう)の眞福寺(しんぷくじ)にもどった。途中(とちゅう)、山道(やまみち)を歩(ある)きながら
「土砂(どしゃ)を喰(く)らうとも、権(ごん)経(きょう)の崇敬(すうけい)を受(う)けず」
と、つぶやいていた。

4
その後(あと)、お稲荷(いなり)さまの像(ぞう)は、市野(いちの)郷(ごう)の農家(のうか)末吉(すえよし)傳之丞(でんのじょう)という家(いえ)に、大切(たいせつ)に保管(ほかん)された。ある年(とし)、主人(しゅじん)傳之丞(でんのじょう)は、疱瘡(ほうそう)にかかった。あれこれ手当(てあて)したが、いっこうに治(なお)らなかった。
ある夜(よる)、夢(ゆめ)にキツネが出(で)てきて
「そなたは、信心(しんじん)深(ぶか)い。よってそなたの願(ねが)いをかなえてあげよう」
と、言(い)うではないか。
不思議(ふしぎ)な夢(ゆめ)だった。翌朝(よくあさ)、目覚(めざ)めると傳之丞(でんのじょう)の疱瘡(ほうそう)は治(なお)っていた。そこで傳之丞(でんのじょう)は家(いえ)の庭(にわ)に稲荷(いなり)さまを祀(まつ)った。すると、この稲荷(いなり)さまのご利益( りやく)が評判(ひょうばん)になり、勝浦(かつうら)はもとより、近(ちか)くの村々(むらむら)から、おおぜいの参拝者(さんぱいしゃ)がやって来(き)た。疱瘡(ほうそう)だけでなく、すべての病(やまい)にご利益( りやく)があると。すると
「ありがとうございました。これはお礼( れい)です」
と米(こめ)や野菜(やさい)、時(とき)にはお酒(さけ)やお金(かね)まで持(も)ってくる人(ひと)たちが、後(あと)をたたなかった。傳之丞(でんのじょう)はこまった。
「人(ひと)の病(やまい)を治(なお)したり、願(ねが)いをかなえたりすることは百姓(ひゃくしょう)のすることではない。近(ちか)くの眞福寺(しんぷくじ)に祠(ほこら)を移(うつ)そう。お稲荷(いなり)さまも喜(よろこ)んでくださるだろう」
とキツネの像(ぞう)と祠(ほこら)を寄贈(きそう)した。住職(じゅうしょく)は第(だい)二十世(せい)法(ほう)運(うん)院(いん)日(にち)勝(しょう)上人(しょうにん)。時(とき)は寛政(かんせい)五年(ねん)五月(がつ)であった。
以来(いらい)、このお寺(てら)を参詣(さんけい)し、境内(けいだい)のお稲荷(いなり)さまを参拝(さんぱい)すると『病気(びょうき)平癒(へいゆ)』、『五穀豊穣(ごこくほうじょう)』、『大漁満願(たいりょうまんがん)』にご利益( りやく)があるという評判(ひょうばん)がたち、眞福寺(しんぷくじ)は大(おお)いににぎわった。
ことに陰暦(いんれき)二月(がつ)、初午(はつうま)の祭礼(さいれい)はにぎわった。願掛(がんか)けには砂(すな)団子(だんご)を供(そな)えることがならわしだった。それは「土砂(どしゃ)を喰(く)らうとも権経(ごんきょう)の崇敬(すうけい)を受(う)けず」ということばにならったものである。
昭和(しょうわ)三十年ころまで、この祭礼(さいれい)は行(おこな)われた。毎年(まいねん)、旧暦(きゅうれき)の初午(はつうま)に行(おこな)われ、にぎわっていた。寺(てら)の周(まわ)りには店(みせ)が出(で)て「砂(すな)団子(だんご)」にちなんで黒(くろ)まんじゅうが売(う)られていた。信者(しんじゃ)たちは、お稲荷(いなり)さまに願(がん)をかけるときに、この砂(すな)団子(だんご)を供(そな)え、願(ねが)いがかなうと、代(か)わりにお碗(わん)をお供( そな)えした。お碗(わん)は「瘡(かさ)がぬけた」という意味(いみ)から底(そこ)のぬかれた碗(わん)が供(そな)えられた。
今も、底(そこ)のくりぬかれたお碗(わん)が、お稲荷(いなり)さまにはたくさん残(のこ)っている。祠(ほこら)の周(まわ)りには熊(くま)笹(ざさ)がしげり、清水(しみず)がわいている。笹(ささ)に清水(しみず)をつけて、患部(かんぶ)にあてると、皮膚病(ひふびょう)が治(なお)るといわれ、現在(げんざい)も参拝(さんぱい)者(しゃ)が絶(た)えない。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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