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お化けの話

お化けの話

もうれんやっさ

いすみ市の昔ばなし

外房の海は美しく、楽しい。青い海原、よせてはかえす白い波間で楽しむ海水浴。こんな美しく楽しい海にも、時々おそろしいことがおこります。この話は外房の漁師たちにむかしから語り伝えられているおそろしい話です。

1
むかしから、外房の漁師村では、お盆の間は漁に出てはいけないといわれていた。
しかし、太東の浜にいせいのいい、若い漁師がいた。
「お盆に漁に出てはいけないって。そんなのめいしんにきまっている」
「めいしんでねえ、盆には魚をとってはいけねえだ」
「なに、いっている。漁に出るのに盆も正月もあるもんか」
「盆はなくなった人をくようする日だ。生きものを殺してはいけねえ」
「魚を殺したいけねえだと。なんだかしらんがこんな天気のいい日に漁に出ないでいつ出るというのだ・・・」
みんながとめるのもきかず、一人で沖に舟をだした。

2
沖にでると、晴れていた空が急に曇ってきた。そうしていつしか舟のまわりには霧がたちこめていた。いせいのいい漁師も、急な天気のかわりように少し不安になってきた。それでも、若者は漁をつづけた。すると、沖のほうが、ぼうっと明るくなってきた。
その明るさは、どんどんちかづてきた。
「おやっ、霧がでたので明かりをつけて漁をしているやつがいるな・・・」ひとりごとをいいながら、ずっと見ていた。すると、なにかかけ声がきこえくるではないか。何人かの声であることはわかるが、あまりよく聞き取れない。そこで、いっしょうけんめい耳をすました。すると
「もうれんやっさ、もうれんやっさ」
「もうれんやっさ、もうれんやっさ」
と、いっているようだ。舟が近づくにつれて、はっきりと
「もうれんやっさ、もうれんやっさ」
ときこえてくる。いせいのいい若者も、背中がゾクゾクしてきた。
かけ声が、舟のすぐそばまできた、そのときだ。大きなばけものがニョッキリとあらわれた。そして、いった。
「ひゃくし、かしてくれ。ひゃくしかしてくれ」
と。若者はおそろしくなって、近くにあったひゃくしを、いそいで手わたした。大きな手はひゃくしを手にした。そうして
「ありがとう」
と、いったかと思うと、
ザザアーン、ザザーン、ザップン
ザザアーン、ザザーン、ザップン と、大きな波がやってきた。
「たすけてくれ、たすけてくれ」
若者はさけんだ。だが、声は霧にきえてしまうだけだった。舟はたちまち水びたしになり、海の底にひきずりこまれるようにしずんでいった。

3
浜では若者がいつかえってくるか、と家族の者や漁師仲間が待っていたが、ついに若者は浜にもどって来なかった。
浜の人たちは、
「もうれんやっさにやられたにちがいねえ」
「お盆に漁に出かけたからバチがあたったのだろう・・・」
「これは荒らしで舟底に水がたまって海の底にしずんで死んでしまった人たちの霊が、舟の中の水をかきだすひゃくしがほしくて、ひゃくしくれ、ひゃくしくれといっているにちがいねえ」
「・・・・」
と、うわさするようになった。
年老いた漁師がいうことには、もしも
「ひゃくし かしてくれ。ひゃくし かしてくれ・・・」
という幽霊に出会ったら、ひゃくしの底をぶちぬいておけば、水をくむことができず、助かるということだ。
今でも、浜辺では霧の深い日や嵐の日には、
「もうれんやっさ、もうれんやっさ」
というかけごえが聞こえてくるという。
あなたも、霧の深い日や嵐の日、浜辺にたたずんで、遠い沖合を見ながら耳をすませてみなさい。すると、沖の方から波や風にのって
もうれんやっさ、もうれんやっさ・・・
もうれんやっさ、もうれんやっさ・・・
・・・・と、ひくい声が聞こえてくる。その声は霧の深い日や嵐の日に波にのみこまれ、舟がしずんだためになくなった漁師たちのうらみの声だ。
もうれんやっさ、もうれんやっさ・・・
もうれんやっさ、もうれんやっさ・・・
・・・・・ と。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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