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悲しい話

悲しい話

海中桜

いすみ市の昔ばなし

今はなくなって見ることはできませんが、むかし、小浜の海に「海中桜」とよばれる桜の木がありました。海の中に咲く桜です。ふしぎではありませんか。
地元、小浜の人たちもふしぎに思い、その昔「根のない桜に花がさく」と歌にも唄っていました。
このふしぎな桜には、こんな話が語り伝えられています。

1
むかし、むかし、今から約五〇〇年ほど前のことでございます。このころの千葉県は、安房の里見方と小田原の北条方の二つにわかれていました。
海につきだした、ここ八幡岬には「小浜城(こばまじょう)」と、よばれる城がありました。三方を荒い海にかこまれているので、攻めるのにたいへんなお城でした。
はじめは、安房里見方の鑓田美濃守(やりたみののかみ)が城主でしたが北条方の正木左近太夫(まさきさこんのだゆう)が、城主の留守のあいだに攻め込んで、城をのっとり城主となりました。
城下の人たちは、
「こんどの殿様は血も涙もない・・・」
「前の鑓田様は、りっぱな殿だった」
「税ばっかりとって、私腹をこやす正木様」
「おまけに、美しい女とみると、人の妻であろうがすぐにさらってゆく」
「こまった、殿様だ」
と、言いあっていました。

2
天正七年二月。風もなく、晴れた大原の町通りです。南から北へと細長い大原の通りに、ひさしぶりに市がたちました。野菜をむしろに並べた店。新鮮な魚をかごにならべた店。衣類や金物・木工品を売る店。たくさんの店がならんでにぎやかです。男も女も、若い者も老人も、おおぜい出てにぎやかな朝市でした。
・・・・・
「さわがしいけれど、けんかかな」
「いえいえ、たいへんでござる」
「女さらいじゃ」
「えっつ、女さらい」
「ひさしぶりに市を立てさせたのは、正木殿のはかりごとにちがいない。集まる女しゅうの中から、美しい女をつかまえてお城につれて行くのでございます」
「美しい女を城へ。ばかな」
「ほんとうで。正木様は、若い美しい娘はいうまでもない。他人の女房だろうが、これは、とみそめられた女はみな、お城に連れていかれるのです」
女のさけび声がきこえてきます。
「助けてください・・・」
「きゃー。やめてください」
女たちが泣き叫ぶのもかまわず、女たちを抱えて、さらっていくのです。
「どうした。どうした」
「きりょうよしの貝売りの娘はどうした」
「あの娘では」
「いや、ちがう・・・。もっと、きれいでござる」
「たしか、このあたりに店をかまえていたが」
「貝売り娘、にげたようです」
「貝売り娘をにがしてはならぬ」
親分らしいひげづらの武士が声をはりあげています。たちまち一団の武士が走りだしました。
一方、貝売り娘は、塩田川の松林までにげてきました。あわてていたのでしょう。かごの中には、売り物の魚と貝はありません。病の床にふしている母のためにに買った布一反と魚を切る包丁だけです。
いくら走っても、女の足です。あっという間に武者に追いつかれ、後から抱きすくめられました。
「女め、もうにがさんぞ」
「放してください。家には病の母親がいるのです。看病せねばなりません」「おぬしほどの美しさ、殿がお気にいりになるさ。そうすれば、親を城にひきとることもできるさ。つべこべ言わず、ついてこい」
「いやです」
「わたしには、好きな人が・・・」
娘は、とっさに魚包丁を手にとっていました。
「ぎゃー」
武者は血まみれになって、たおれました。砂のうえに真っ赤な血が流れ、娘も血にそまりました。

3
武士を殺したのは、日在浦(ひありうら)に住むお玉、という娘でした。今年、十九歳。父は亡くなり、お喜津という母と二人くらし。市に貝を売りに行ってこのさわぎにぶつかったのです。
人を殺してしまったお玉は、ただぼうぜんとしていました。われにかえると、見たことのない漁師姿の若者が立っていました。
「とんでもないことをしてしまいました」
「いや、心配無用じゃ。この者、せっしゃがひきうけた。見ているがいい」若者はそばの松をけずって、こんな文を書きました。

この者は、道中の娘にいたずらした。せっしゃ、見るにしのびず、打ちはたした。
天正十七年二月八日
鑓田美濃守家臣  大塚信之助頼孝

「あなた様は前の城主、鑓田様のお家臣、大塚様でございますか」
「さよう。城をとりもどすためにきたのだ」
「みな、前の殿様、鑓田様をしたっています。早くお城をとりもどしてください」
「・・・・」
「災難を救ってくださりありがとうございます。とりあえず、私の家においでください」
その夜、大塚様はお玉の家に泊めてもらうことになりました。

4
「こうして世話になるからには、失礼かもしれないが、食いぶちは私にしはらわせてくだされ」
一両、ふところから取り出しました。
「そのような大金をいただいては」
「いや、とってくだされ。母のくすり代にあてられよ」
「そのようなことはできません」
お玉はかたくことわったが、ことわりきれませんでした。
「それでは、おことば通り遠慮なくいただきます」
「わたしの薬は後でいい。だんなさまにお酒を買っておいで。私のせきがはげしく、さぞ、さわがしいと思います。酒のよいにまぎれて寝てください」母が弱い声でいいました。
大塚様は酒の力で寝入っていました。
翌朝でした。近くに住んでいる漁師の太九平がやってきました。太九平はお玉に恋していたのです。でも、九平太の片思いです。
「お主の家は、人を殺したさむらいをかくまっているだろう」
「なんで、そんなことがありますか」
「わしは、ゆうべ、ここの家の外で男が話す声をきいた」
「それに、酒を買いに行ったではないか」
「それは、その・・・」
その時、裏の戸から「おとり」という娘がはいってきました。おとりの顔はさほど美しくありません。
「お玉さん、そのお侍、今夜は私の家に・・・」
「それは・・・」
「私の家は部屋数も多い。一緒にいるのは目の見えない父だけです。それに家柄も代々つづいている日在の旧家。舟も田畑ももっております。どうか私の家に・・・」
話を聞いていた大塚が出てきた。
「それは、それはかたじけない。・・・・でも、忍びの者にとっては、この家の方が都合がいい」
「ああ、あなた様はお玉さんのほうが好きなんでしょう。私はブスですよ」「いやいや、決してそのような・・・」
お侍さんをどちらの家に泊めるかで言い合いになった二人でした。

5
「まあ、まあ、それほどまでに大塚殿をお泊めになりたいのか。それならわしに名案がござる」
入ってきたのは、太田文五郎という大塚と同じ里見方の忍びの者でした。
「おお、太田殿。・・・」
「名案とは・・・」
「わしらは里見方の忍びの者でござる。ここ数日、小浜城を偵察しているのだが、城の裏手の崖。海に面している崖の高さがどのくらいか、それを計ってもらいたいのだ」
「え、えっ」
ふたりは難問におどろき、顔を見合わせました。
「あの、崖の高さがわかれば、攻め込むことができるのだ」
「よろしゅうございます。はかりましょう」
お玉は言いました。
「わたしがはかります。負けません」
おとりも負けていません。
「さようか。ありがたい。・・・崖の高さを計ったという合図には、浅瀬の小浜の海に木を植えて、どちらが先かを知らせてもらいたい」
「それでは、私は桜の木を植えましょう」
お玉が言うと
「私は松の木を植えましょう」
おとりも、きっぱりと言いました。

6
大塚殿をわが家に、とふたりは崖の高さを計る案をめぐらしました。おとりも、思案しながら家に帰えりました。
お玉は考えました。
「八幡山に登って、上から下へ糸をたらしたらすぐに崖の高さがわかるのに・・・。それにはお城に入りこまなければならぬ。それはとてもできぬことです・・・」
「そっと、お城へしのびこみましょうか」
「とても、とても。女狩りのまとになったお玉・・・みつかれば、二度とお城の外には出られまい」
「それならば、どうすれば」
お玉は思案しました。
「それはそれ、年よりの知恵。亀の甲より年の効とやら。よい思案が」
「よい思案」
母はお玉の耳もとでささやきました。
「おお、それならば確かに計れましょう」
これを外で聞いている者がありました。家に帰ったとみせかけた、おとりでした。

7
おとりは喜んだ。
「お城に忍びこみ、崖の上から海に糸をたらす」お玉にできぬだろうが、おとりにはできると思いました。なぜなら、美しいお玉が城に入ったならば、再び城外に出てこれまいが、おとりなら、城内においてくれとたのんでもおいてはくれまい。そこが、おとりのねらいでした。
「大塚様へみせる真心のためには、家の宝も何もいらぬ」おとりの家には大きな鮑をとったとき、中から出てきた美しい玉がありました。「竜の目」といって家宝にしていたのです。この「竜の目」を使おうと考えました。
ふところに「竜の目」をもってお城に行きました。
「これは、わが家の家宝、竜の目です。これを正木の殿に献上にきました。そのかわり、城内の八幡宮にこもって、父の目がみえるようになることを祈願したいのです」
孝行のために祈願にきた娘を追い返すことはできせん。おとりはうまく城内に入りました。八幡宮のすぐそばが海をのぞむ崖です。
夜中、宮を出て崖にたちました。波が崖にぶっつかって砕けるのが目の下に。寒さが身にしみてきます。しかし(大塚殿は私のもの。手がらをほめてふださる大塚)恋の勝利へのうれしが満ちてきました。ふところから網糸を取出し、小石を結びつけて、垂れ下げました。しかし、その時
「くせもの」
「やっぱり、あやしいと思っていたら・・・忍びの者か・・」
夜警の武士に捕らえられてしまいました。おとりは、もはやこれまでと、崖の下へ身を投げたのです。

8
一方、お玉は魚釣りと見せかけて、八幡岬の近くに舟をよせました。釣り糸をふるって糸を宙にまわせ、目分量で崖の高さを計るのでした。お玉はこの方法で崖の高さを計りおわりました。
そして、海中に桜の木を立てました。普通の人には舟の目印の「みお」にしか見えないが、これは恋の勝利の印でした。忍びの大塚と太田は「これで城を攻め落とすことができる」と喜び、お玉の家に急ぎました。
「崖の高さがわかれば、小浜城を取り返したのも同然。必ずやそなたを迎えにくるぞ。待っていてくだされ」
大塚が言えば
「媒酌人はこの文五郎が」
「うれしゅうございます」
お玉も喜びました。
その時、太九平が入ってきました。
「たいへんじゃ。たいへんじゃ。おとりが死んで海に浮いているぞ」
「え、ええっ。おとりさんが・・・」
「おまえさんが立てた桜の木に髪の毛がひかかって止まっている」
「え、まさか」
お玉は夢中になってかけだしました。ちょうど潮が引いているので、桜の根元まで行ってみると、おとりが、うらめしげな顔でおぼれ死んでいるではありませんか。お玉は立ちすくんでしまいました。
太九平が急に笑いだしました。
「はははは。おとりさんが。ここにおとりさんが死んでいるのに、もう一人のおとりさんが、それそこで、松の木をたてようとしているじゃないか松の木を」
お玉は身ぶるいしました。
「何をあほなことをぬかしおる」
「ほんとじゃ。松の木を立てているじゃないか。おとりが言っている。おとりを殺したのはお玉だと。・・・おお怖い。わしもお玉に殺される」
「お玉にわしも殺される・・・」
太九平が叫びながら、手に包丁をもっていきなりお玉のわき腹をついたのです。
「あっ。・・・ううう・・・う」
「おお、おお。おとりが喜んでいる。ははは・・・・ははは・・・ 」
何者かの影をおうように、太九平は包丁を持ったまま、松林の方へ走りました。
「く、く、苦しい」
「大塚さま・・・」
「私は死ねない。死んでも死にきれぬ。・・・大塚さま・・・。桜の木に桜の花が咲いたら、それは私だと思ってくださいませ・・・どうか、大塚さま・・・」
別れのことばをいうと、大塚様の胸で息をひきとりました。

9
お玉の働きにより、崖の高さをはかることができたのです。里見方は舟より崖にはしごをかけて、城中に忍びこみました。そして、火をかけ攻め落したのです。正木左近太夫はわずかな家来とともに、城の南側、丹ガ浦から舟で勝浦ににげのびました。

これ以後、小浜の海は毎年、春になると海中に桜の花が咲きました。それも美しいさくらでした。
小浜の「海中桜」には、こんな悲しい「恋の物語」があったのです。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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