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あたたかい話

あたたかい話

親切は豊漁

御宿町の昔ばなし

むかしむかし、御宿の浜には、たくさんの漁師や海女(あま)たちが住んでいました。
その年は魚が少ししか取れず、とても困っていました。
漁の終わった夏の夕方、夕陽が黄金色に輝く網代の浜でした。
一人の女の子が歩いていました。
年の頃は十二・三です。
このあたりでは見たことのない女の子なので、親切な漁師が声をかけました。
「娘さん、どこから来ただ?」
「名前は?」
「こんばん泊まるところはあるのか・・・・・・」
女の子は何を聞いても、丸い大きな瞳で見つめるだけです。
漁師は、何かわけがあるのだろうと思い、
「とにかく、今夜はおら家に泊まるといい」
と、女の子をわが家に連れて帰りました。
おかみさんもやさしい人で、女の子に温かいご飯を食べさせて、風呂に入れてやりふとんに寝かせてあげました。
次の日、漁師が舟に乗って海に出ると、不思議な事に魚がどんどん集まって来て、大漁です。
こんな大漁は、何年ぶりでしょう。
しかし、他の漁師たちには、いつもの様に魚が捕れませんでした。
「なんで、お前のところばかり魚がくるんだ?」
仲間仲間がたずねました。
「さあな。・・・ただ思い当たる事といったら、浜辺で見つけた女の子を家に泊めた事かな」
すると仲間の漁師たちは、
「そんなら、家にも泊まってもらうべ」
「おら家もだ!」
と、順番に女の子を家へ泊める事にしたのです。
女の子はどこの家へ行っても相変わらず無口で、何一つ話そうとはしません。
けれど女の子が泊まった翌日には、きまってその家の舟は大漁になるのです。
女の子はとても大切にされて、やがてだれ言うともなく『竜宮さま』と呼ぶようになりました。
「女の子が来てくれたおかげで、村が豊かになった」
「女の子がいてくださるから、もう安心じゃ」
「竜宮さま。どうかずっと、この村にいてくだされよ」
村人たちはそう言って、女の子に手を合わすのでした。
さて、女の子のおかげで村はすっかり豊かになったのですが、ただ一人、おもしろく思っていない漁師がいました。
この漁師はろくに漁にも出ないで、毎日酒ばかり飲んでいます。
そして酒を飲むと必ずけんかをするので、仲間の漁師たちにとても嫌われていました。
あるとき、酔っぱらった酒飲み漁師は浜辺を歩いていた女の子を捕まえると、こう言いました。
「おい、お前が本物の竜宮さまなら、海の上を歩いてみな」
すると女の子はにっこり笑って、海の方へ歩いて行きました。
そして水に沈む事なく、海の上を進んで行ったのです。
遠くで魚を捕っていた漁師たちは、波の上を渡っていく女の子を見て驚きました。
「竜宮さまー、どこにも行かねえでくだせえ。この村に、いつまでもいてくだせえ」
すると女の子はやさしくほほ笑んで、首を横にふりました。
そして、初めてしゃべったのです。
「いいえ、私はもう帰ります。村の皆さんには、大変お世話になりました。このご恩は、決して忘れません」
その声は届くはずのない沖の舟にいる漁師の耳にも、はっきりと聞こえました。
そして女の子は静かに海を歩いて行き、やがて姿を消してしまいました。
それから女の子は、二度と姿を現しませんでした。
その後、浜の漁師たちは魚が獲れなくなると「自分らは人に親切にしているだろうか。もしかして自分さえ良ければいいと思っていないか」と、自分の行動を反省するようにしたと言うことです。そうして、人に親切にする漁師さんは豊漁になったとさ。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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