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悲しい話

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海女と大アワビ

御宿町の昔ばなし

御宿町(おんじゅくまち)岩和田(いわわだ)の海に、大きな大きなアワビがすんでいました。大きなアワビといってもふつうは大人の両手を合わせたくらいです。ところが岩和田の海のアワビは、たたみ一畳もあると言われていました。あまりの大きさに
「これは、海の主にちげえねえ」
「海の神様だ。あの、アワビに近づいたり、とったりしてはいけねえぞ」
「海の主だからふれてもならねえぞ。もしまちがって触れようものなら、大時化になるぞ」
と言われていました。そのため、大アワビに近づく、漁師はいませんでした。
大時化の日は、
「きょうは、大アワビにタコでも触れたんだっぺ。」
と、うわさしていました。
岩和田に、アワビやサザエ、テングサ、ワカメ、コンブをとることを生業としている美しい海女が住んでいました。彼女は年頃で、近所の漁師と恋仲でした。いつも沖に舟を出すと、仲良く語りあっていました。
いつしか、二人は人目をしのんで、こっそりあうようになりました。海女や漁師の間では
「あん二人は、仲がいいで、できてるっぺや」
と、うわさされるようになりました。
ある日、朝から海が荒れ、漁に出ることができませんでした。男は娘に会いたくなり、彼女のもとを訪ね、一日中楽しく語りあいました。沖での話し合いは、漁をする仲間の目が気になりますが、きょうはだれも気にせず語りあうことができました。娘は(いいあんべえに明日も海が荒れて漁ができねばいいなあ)と、心のすみで思うようになっていました。しかし、翌日は海の荒れもおさまり、漁に出なければなりませんでした。その翌日もまた空は晴れ、漁に出る日が続きました。晴れた日が何日も続くと、娘は海が荒れて漁を休めるのを心待ちにするようになっていました。しかし娘の願いとはうらはらに、晴天が続きました。
そんなある日、娘は(そうだ、大アワビだ。大アワビに触れれば・・・)と思いました。しかし、小さい時から聞かされている、
「大アワビは神様だ。大アワビには近づいてはいけねえぞ。」
と、いう言い伝えを思い出すと、大アワビに近づく勇気はありません。
でも一方、時化になると、好きな人と一緒に一日中語りあえる、という思いもありました。
数日後、いつものように、紺がすりの仕事着を身につけ、磯がねを持ち、網袋のスカリを腰につけて海に出ました。いつもより早く出ました。仲間の姿はまだ見えません。白い砂浜をかけ出すと、いつの間にか大アワビのいる岩に立っている自分に気がつきました。あたりを見まわして、海に入りました。そうして、ぬき手で沖に向って泳ぎだしました。朝日にキラキラ輝いている海にもぐっていきました。
娘は必死でもぐりました。七尋ほどもぐると海の底です。海の底を見回しますが、海草ばかり目について、大アワビらしい姿はいっこうに見えません。海草を両手でたおして、さがします。でも、みつかりません。その
うちに息が苦しくなりました。海面に出ると、ひと息大きく深呼吸して、また体をひるがえして海の中にもぐりました。今度も大アワビを見つけることができず、ただ小さな石をひとつひろって海面に浮かんできました。もぐっては浮かび、浮かんではもぐる動作をくりかえしました。
・・・とうとう娘はアワビを見つけました。話には聞いていましたが、大アワビは砂から出ている岩といった方がよいでしょう。海草の間から見えかくれしています。 娘は手にもった石を大アワビにたたきつけると、急いで浮きあがろうとしました。しかし手足をばたつかせる割には浮きあがることができません。足を大アワビにつかまれるような気持ちでした。水面に顔を出すと、急いで岸に向って泳ぎました。娘が岸に着くと、さきほどまで晴れていた空が急に黒雲におおわれ、凪ぎていた海面も高波にかわってきました。やがて、漁に出ることもできなくなりました。
その日、以前のように娘の所には、漁師の青年がたずねてきました。そして一日中、二人は語らいました。
それから五日後。娘は青年と会って、一日中話をしたい、という思いがつのってしかたありませんでした。そこでまた、大アワビのすむ沖に行って、石を大アワビに投げつける決心をしました。娘は石を左手に二個右手に二個拾うと、大アワビめがけて投げつけました。
娘が岸につくと、以前と同じように黒雲が空をおおい、風が吹き出し、雨が降ってきました。海の波は大あばれ。今だかつてないような嵐となりました。娘が家につくと、みんな大さわぎしています。
「今朝、暗いうちに出漁した男たちの舟がまだ帰ってきていない。急に天気がくずれるなんて」
と心配しています。娘の好きな青年も、今朝早く出漁しているということです。
娘は、好きな男を助けようと、荒海に舟をこぎ出しました。ところが、大アワビのすむあたりまでくると、舟が全然進みません。荒海の上をぐるぐるまわっているだけです。そこに、男の舟が帰ってきました。男は娘を見つけると、娘の舟に近づいていきました。ところが、女の舟は海底に引き込まれてしまいました。これを見た男は、荒海にとびこみ、娘のあとを追いました。舟の上では、男たちが見守っていましたが、二人とも浮かんでかきませんでした。
やがて黒雲がサーッと流れ、青い空がひろがって、荒れた海は静まりました。このあと、こうした不思議なことは二度とおこりませんでした。しかし、今でも岩和田の沖には大アワビがすんでいるそうです。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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