1
夜中の十二時過ぎ、大多喜城のふもとにさしかかった。横なぐりに吹いていた風が止んで、霧が濃くなってきた。
人影だ。こんな夜ふけにだれだろう。一人二人いやもっと大勢だ。歩くたびにガシャ、ガシャと金属音がする。思わず車を止めた。
2
一団は道を横切り、やぶの中を城に向かっている。泥に汚れた鎧(よろい)。鎧の紐(ひも)も帷子(かたびら)も切れ兜(かぶと)もかたむいている。武者だ。矢が刺さり血にまみれている。
何か唱えている。耳をすますが聞き取れない。
低い声が霧に消えていく。三十人くらいだろうか。道を横切り、霧の中に消えて行った。
背筋が凍った。夢なのか。あの、鎧を着た武者は何だったのだろう。もしかして幽霊(ゆうれい)か。あわててエンジンをかけ、車を出した。
3
翌朝、家族に「おれは夢を見たのかな・・・」と昨夜の話をした。すると、
「夢に決まっているさ」
と笑われた。相手にしてくれなかった。しかし、今年九十四歳になる爺(じい)さんがおもむろにいった。
「見たのか・・・今も出るのかな・・・夢じゃねえ。おめが見たのは、むかし戦(いくさ)で死んだ武者たちだ・・・」
「城山(しろやま)は古戦場(こせんじょう)だ。何百、何千の兵がこの城山で戦った。そして死んでいった
・・・その死んだ武者の魂(たましい)が今もさまよっている。 ・・・風の吹く夜、雨
の降る夜に城山をさまよい歩くと、昔聞いたことがある・・・。助けてくれー助けてくれーと叫ぶときもある。時には、若者が父母を呼ぶ声も聞いたとか・・・。あまりにふびんなので、まよい歩く武者の魂を鎮(しず)めようと小さな社(やしろ)をつくってから、武者の姿も声もおさまったと思っていたが・・・今もまだ城山には武者の魂がさまよっているのだなあー」
爺さんは、静かに話してくれた。
城のふもとの駐車場には、さまよい歩く武者の魂を鎮めるために、小さな社が建っている。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)