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種まき桜

大多喜町の昔ばなし

1
古(いにしえ)の農の心を今に咲く
大宮神社の種まき桜

冬枯れの野に若草が芽吹く。田んぼに水が入る。かたく乾いた土も一年ぶりに水を吸い、気持ちよさそうだ。
晴れの日がつづく。空が田んぼに映る。雲もツバメも映る。
大宮神社(おおみやじんじゃ)の桜もふくらんできた。
「そろそろ、大宮神社の桜が咲くぞ」
「そろそろ代(しろ)かきしなければ」
どの家も大宮神社の桜を暦がわりにして、米づくりの準備にとりかかる。
代掻きから数日後、神社の境内の桜が一輸、二輪と咲きだした。頬(ほお)をなでる風も心地よい。
「この分なら、もう四・五日で種まきだ」

2
早朝の紫雲(むらさきぐも)を背にした桜、陽に照らされた桜、夕焼けに染まった桜、夜の桜・・・どの桜も村人の心にきざみこまれている。
「さあ、境内の桜が満開だ。種まきの季節だ」
大宮神社の桜が満開になると、苗代かきだ。父ちゃん母ちゃんはもちろん、爺ちゃんもばあちゃんも、子どもたちも。一家総出で田んぼに出かけた。
種まきが始まった。春の陽が射す。苗代に青空を映し出す。時々腰をのばして、遠くの山並みを眺める。
昼食のあぜ道は、弁当をひろげる家族でにぎわった。

一日の仕事が終わり、大宮神社のそばを通ると、村人は立ち止まった。
「今年も無事に米作りができますように」
「豊作になりますように」
と祈った。
桜の命は短い。やがて、花びらが舞うころ、どこの家も苗代の種まきが終わった。待ちに待った本格的な春がやってくる。

3
むかし、農民達は大宮神社境内の桜の開花を合図に種まきをしたという。
今はもう、こんな風習はなくなり、この桜を「種まき桜」と呼ぶ人はいない。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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