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大多喜城あけわたしとオコウさま

大多喜町の昔ばなし

1
「城をあけわたすことはしのびない。しかし、近代的兵器をもつ官軍と戦えば敗戦はあきらか。多くの民、百姓が命をうばわれ、お城も田畑も焼かれてしまう・・・」
慶應四年(一八六六)四月、大多喜城最後の殿様、大河内正質(おおこうちまさただ)は官軍への「城あけわたし」を決意した。

2
侍女(じじょ)のオコウにも奥方から伝えられた。
「城を出なさい。敵がせめてきます。今夜のうちに逃げなさい」
「奥方さま、最後までお仕えさせてください」
「だめです。あなたはまだ十八。あなたの人生はこれからです」
「奥方さまに仕えるのが私の役目。このような時こそ、おそばにおいてください」
オコウは必死にうったえた。
奥方は若いオコウを死なせてはならないと、必死に説得した。しかし
「奥方さまとご一緒させてください」
とオコウはゆずりません。しかたなく、奥方は心とは裏腹に
「オコウ、あなたがいると足手まといです」
と語調を強めた。足手まとい、という言葉にオコウはどうすることもできなかった。最後まで奥方さまに仕えることのできない自分を、ふがいなく思った。
官軍の兵が城山にひそんでいるという。オコウは男の身形(みなり)になると小さなふろしき包をかかえて、奥方さまに見送られて城を出た。
城山の峰づたいの細道を走った。ホー ホー ホーと、フクロウの声が聞こえ、そのたびに背筋が凍った。
ハアー ハアー荒い息をしながら城の守護神(しゅごしん)、白虎(びゃっこ)さまとよばれる祠(ほこら)まで来た時だ。黒い人影があらわれ
「そこのあやしい者、だれだ」
野太い声に足が止まった。
「名をなのれ」
オコウはだまったままだった。
兵は腕をとり、顔をのぞきこんだ。
「お、女です」
その時、オコウは(官軍は女たちをはずかしめ殺してしまう)といううわさを思い出した。とっさに、懐(ふところ)から短刀を出すと
「殿さま、奥方さま、どうか生きのびてください」
城に向かってさけぶと、自(みずか)らのどをつき息たえた。

3
後に人々はオコウをあわれにおもい、この城山の祠(ほこら)を「オコウさま」といって、お参りした。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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つか坊と姉ちゃん