1
むかし、むかし。
老川の山また山の奥深くに、それはそれは大きなケヤキの木があった。何百年もたったかと思われる大きな木でした。
ある冬の日のことでした。山の持ち主の長者どんが、息子の家を建てるためにあのケヤキの大木を切らせようとしました。
七人のうでじまんの木こりが、大きなノコギリや斧を背負って山奥に入っていきました。
ケヤキの所に着くと
「こんなでっけえー木を見たのははじめてだ」
「この大きさなら、とても一日では終わらない」
「早く仕事にとりかからなくては」
と、さっそく斧をうちこみました。
カーン カーン カーン
・・・・
山々にこだましました。斧を入れたところにノコギリを入れたのは昼過ぎでした。しかし、木のかたいこと、かたいこと。おまけに大きいこと。予定の半分も進まないうちに日が暮れてしまいました。しかたなく、
「この続きは明日にしよう」
と、木を切りかけたまま山をおりました。
2
真夜中のことです。
ゴオーッ ゴオーッ・・・
風が吹いてきて、山じゅうに風のうなり声が響きました。すると山の木々がケヤキのまわりに集まってきました。大きな木も小さな木もあつまってきました。
「ケヤキさん、こんなにきずつけられて・・・」
「でも、おれたち仲間が来たから、もうだいじょうぶだ」
そう言うと、ケヤキの切り口にむかって、木の切りくずをかわりばんこにふきつけました。そうして、歌を唄うのでした。
♪はりつけ はりつけ 木のこっぱ
ひつっけ ひっつけ 木のこっぱ
かっちり かっちり くっつけろ
きっちり きっちり くっつけろ
明日の朝にはもとどおり
明日の朝にはもとどおり ♪
3
清澄の山に日がのぼり夜があけました。
木こり達は、また山奥に入ってきました。
「あれ、切り口がないぞ」
「たしかに このあたりに斧を入れ、ノコギリでひいたはずだ」
木こり達は首をひねりながら
「しかたない。またやるか」
と、ふたたび斧を打ちこみ、ノコギリをひきはじめました。あまりにも大きな木です。その日も半分も切らないうちに日が暮れてしまい、しかたなく、また山をおりました。
4
あくる朝、日の出とともにまた山に入りました。ふしぎふしぎ、ケヤキの切り口は昨日とおなじように、またもとどおりになっていたのです。
5
このことを長者どんに話すと
「そんなバカな。明日はわしがいっしょに行く」
と十人のきこりを連れて山に入っていきました。そうして、斧で切り口を入れノコギリをひきました。
夕日が西にかたむき、薄暗くなってきました。すると、長者どんが
「切りくずを集めろ。急いで集めろ」
と大声で命令しました。きこりたちは、急いで切りくずを集めました。
「よし、この木のくずに火をつけろ」
「長者どん、いったいどうなさるんですか」
「いいか、切り傷がもとどおりになおっているということは、木くずで切り口をふさいだにきまっている。・・・この切りくずをなくしてしまえば、ふさぐことはできなくなる」
「さすが、長者どんだ。うまいことを考えなさる」
「わかったら、すぐに火をつけろ」
木こり達は感心しながら火をつけようとしました。しかし、切ったばかりの木くず、なかなか火がつきません。そこで枯草や枯れ枝を集めて、火をつけました。火はまたたくまに、木くずに燃えうつりました。
その時です。強い風が吹いたと思うと、火のついた枯れ葉や枯れ枝、木くずがまいあがり、あたりにとびちりました。火はまわりの木にも燃えうつります。
「火を消せ、はやく消せ。火事になるぞ」
木こり達も長者も急いで火を消そうとしました。しかし、火はドンドン燃え広がり、まわりは火の海になりました。
「火事だ。火事だ。たすけてくれー」
「たすけてくれー」
みなけんめいに逃げて山をおりました。
6
不思議なことはそのあとです。山にだれもいなくなると、火はあとかたもなく消え、山は何もなかったようにまたもとどおりになりました。
その後、長者は怖ろしくなって、このケヤキを切ることをあきらめたとさ。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)