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不思議な話

不思議な話

ツツジの季節の不思議な話

大多喜町の昔ばなし

1
むかしむかしのことだ。
江戸から大多喜の城下にむかう一人の若者の姿があった。里は早春の緑が輝き、暖かな日和であった。ツツジが人家のあちこちに咲き、山にもツツジが色鮮やかに咲いていた。
「美しい・・・」
若者は山ツツジにひかれ、街道をそれて山道に入った。山に入れば入るほど、ツツジの数は増し、美しさがきわだった。若者はツツジに誘われ、どんどん山奥に入っていった。(もっと、ツツジの美しさを見たいと思ったが、日もかたむいてきたので街道に出よう)と思い、来た道を引き返した。しかし、来た道に出ない。道に迷ってしまったようだ。いくら歩いてももとの道にでない。(もしかしたら、もっと山に入っているのでは・・・)と思うと若者はあわてた。

2
日はどんどん西にかたむいてゆく。急ごうとすると枝にひっかけて着物がやぶれた。日陰で湿った道では、すべって転びすねをすりむいた。そして、坂道を登ろうとした瞬間、わらじのひもがプツリと切れてしまった。
春とはいえ、日が沈みあたりが薄暗くなると寒さがましてきた。どうしようか、行きくれていると、あかりがチラチラと見え(ああ、助かった)と思い、若者はあかりをたよりに進んだ。
そこには、かやぶきのみすぼらしい小屋が一軒ポツンと建っていた。
「旅の者ですが、道に迷ってしまいました。ちょっと、休ませていただけませんでしょうか」
と言うと、中から美しい女が出てきた。
「それはそれは、おこまりでしょう。なんのおもてなしもできませんが、どうぞお入りください」
と、上品な物腰でむかえてくれた。
女は
「さぞ、お疲れのことでしょう。わらじのひもも切れておしまいで」
と、言いながら若者の足をあらってやった。そうして囲炉裏の火をおこし、こうばしいタケノコのみそ汁をそえて夕飯をだした。
夕食が終わると
「風呂もできていますので、よかったら一風呂はいってください」
と風呂をすすめ、若者が風呂に入っている間に、着物のほころびを繕った。
やがて、あたりが真っ暗になると、風が出てきた。竹藪のゆれさわぐ音、あばら屋の戸をたたく音が強くなってきた。
「風が出てきました。この風では夜道を大多喜の城下まで行くのはあぶのうございます。私は独り身、誰にもきがねのいる身ではございません。どうぞ、ここにお泊まりなさいまし・・・」
と、言って部屋の戸を開けた。そこには、かやぶきの粗末な小屋にはふつりあいな、絹の美しいふとんがしいてあった。
若者はますます不思議に思い、女に
「どうして、女一人でこんな山深い所に住んでいるのですか」
と、たずねた。女は囲炉裏の火をかきおこしながら
「実は、私は江戸の生まれでございまして・・・」
と、語り出した。
「・・・私は、あるお方とおつきあいをしていました。ぜひ嫁に来てくれとたのまれまして、真剣に結婚まで考えていました。一緒にいればそれはそれは楽しい日々でございました・・・しかし、母を亡くし父を亡くし、一人この世に残されてしまいました。世をはかなく思うあまり、人間ぎらいになってしまいました。・・・それでも、私に思いをよせてくださる方は、結婚してくれと何度も何度もたのみにきてくださいました。・・・何度も何度もおいでになると、あの方の思いとは反対に私の恋心はどんどんさめてきたのです。・・・ふしぎなものです。私の恋心が冷めようとすればするほど、あの方は、また何度も何度も結婚を申しこんでくるのです。・・・とうとうあの方は恋の切なさから病になり、亡くなってしまいました。あとには、私を恋い慕う日記が残されいました。・・・私のことをこのように恋いこがれてくださったあのお方にくらべ、こんなにも心優しい人を死に追いやってしまい、自分の罪の深さを知りました。・・・それで私はこのように山にこもり、身も心もあらいきよめようとしているのです」
と、時に囲炉裏に木をくべながら、涙をながし話した。

3
外はいつの間にか、風が止み東の空が紫色に染まり始めていた。窓辺に目をやると
「私のつまらない話を長々とお聞かせしたしまして、ご迷惑だったでしょう・・・風も止んだようですね・・・」
と、言ったかと思うと女は、囲炉裏の火も家もかき消え、フッとかき消えた。
気がつくと男はツツジのそばでわらじのひもを結んでいた。そして、そのまわりには、人間の白骨死体が横たわっていた。男は身震いした。
朝日が差し出すと山一面にツツジが鮮やかな色を放っていた。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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