むかし、布施の人たちは、自分の畑でとれた野菜や芋などを持って、御宿の浜にでかけました。夕方になって、舟が海から帰ってくると、取れたイワシなどの魚と野菜や芋などを取りかえて帰ってきた。
布施を出て御宿の浜に向かう途中、峠があった。
ある日、布施のおせんばあさんとおじょうばあさんが、野菜とふかしたイモを持って、御宿の浜に出かけました。舟からあがった新鮮なイワシと野菜とふかし芋を交換して、帰る時でした。山の端にかたむいた真っ赤な夕日が二人を照らし、長い真っ黒な影を映していました。
峠まで来ると、陽が山の端に落ち、西の空は真っ赤です。もう少しで布施村ですが、先ほどから歩き通しで、すっかり疲れてしまいました。二人は西の空を見ながら、道祖神のそばに腰をおろしました。
「ああ、とうとう日が落ちてしまったか」
「だれか、迎えに来てくんねえかなあ」
と話していると、布施村のほうから人影がやってきます。
目の前まで来ると
「おばあさんや、おばあさん。迎えに来たよ。さあ、荷物をもちましょう」
というと、荷物をかついで歩き出しました。
ばあさんたちは
「ありがたい。ありがたい。助かった」
と喜んで立ち上がり、若者のうしろをついてゆきました。
しかし若者の足の速いことといったらありません。
「おい、おい。そんなに急いだらついていけねえよ」
「もう少し、ゆっくり歩いておくれ」
といいながら、若者のあとをハアーハアー息をきらせながら追いかけました。
おせんばあさんが
「おじょうばあさん、足の速い、あん若者はどの人だな・・・」
といいました。
「あらやだ。わしは、おまえさんの知りあいとばっかり思ってたのに」
「それにしても、足の速いこと・・・」
若者との間は、どんどんはなれてゆきました。
「おーい。もう少しゆっくり歩いてくれ」
「待ってくれー。おめえはどこのもんだ」
「おーい、待ってくれー」
あわてて怒鳴りましたが、若者は早足でどんどん先に行ってしまいます。すると突然、若者の後ろ姿から黄色いしっぽのようなものが見えたかとおもうと、クルッと一回転しました。
「あれ、あれはキツネでねえか」
「そだ、キツネだ」
「やられたー」
おせんばあさんとおじょうばあさんは、思わず峠道にしゃがみこんでしまいました。
西の空は真っ赤にそまり、ススキの穂が秋風にゆれていました。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)