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くさった風

勝浦市の昔ばなし

1
むかし、むかし。勝浦に権左右衛門(ごんざえもん)という、呉服屋のだんなさんがいた。この呉服屋に、太助(たすけ)という番頭がはたらいていた。
その年の夏は、ことのほか暑かった。だんなさんは太助(たすけ)をよんで
「おいおい、太助(たすけ)や。のりをたくさんつくってくれないか。たくさんな」
と、のりづくりをたのんだ。太助(たすけ)は、いったいのりをなんにするのだろう、と思いながらも、だんなからいわれたとおり、大なべいっぱいにのりをつくった。
「おお、のりができたか。次は紙をつなぎあわせて、たたみ十じょうのふくろをつくってくれないか」
「ええ、たたみ十じょうのふくろですか」
「そうだ」
「・・・へえ、わかりました」
主人に、さからうわけにはいかない。
「いったい、こんなおおきなふくろなんにするのだろう」
と、思いながら紙をはりあわせて、大きな大きなふくろをつくった。

2
つぎの日、太助(たすけ)が
「だんなさん、十じょうのふくろ、できました」
と、もっていくと
「おお、できたか。ごくろうさん、ごくろうさん」
と、よろこんだ。そうして、言った。
「太助(たすけ)や、このふくろをもって、八幡岬(はいまんみさき)にのぼってくれ。そうして、このふくろに風をいっぱいいれてきてくれ」
八幡岬(はいまんみさき)は勝浦の海につきでた岬で、海から強い風がふいてくるところだ。太助(たすけ)はふくろをせおって、岬への山道をのぼっていった。岬のてっぺんについたときは、びっしょりあせをかいていた。
岬のてっぺんにつくと、勝浦の海が目の下にみえた。そうして、潮の香をいっぱいふくんだ風がふいてきた。太助(たすけ)がふくろの口をあけて、海のほうにむけると、ふくろはどんどんふくれて、大きな風船のようにふくらんだ。
太助(たすけ)は、(これでよし)と思いながら、ふくろの口をひもでしばって、山をくだりはじめた。ふくろは、重くはないが、たたみ十じょうのふくろである、あっちの木にひっかり、こっちの木にひっかかり、時には風がふくと宙に体がういて、たいへんだった。

3
店にかえると、だんなは
「ごくろうさん、ごくろうさん。ありがとうよ」
と、縁側(えんがわ)でうちわをあおぎながら、涼(すず)んでいた。
「さあ、ふくろの口をわしのほうにむけてくれ」
と言った。太助(たすけ)はふくろのひもをといて、だんなさんにむけた。すると、だんなさんは
「こりゃ、すずしい。ああ、きもちいい」
と、目をほそめた。
だんなは、つぎの日も太助(たすけ)にいった。
「太助(たすけ)、もうしわけないが、きょうも八幡岬(はいまんみさき)にいって、風をくんできてはくれまいか」
だんなさんのたのみである、ことわることはできない。太助(たすけ)はふくろをかついでまた八幡岬(はいまんみさき)にのぼった。そうして、かえってきてふくろの口をひらいて、風をだした。だんなは、きのうとおなじように、
「ああ、きもちいい」
と、目をほそめた。
つぎの日、そのつぎの日もつづいた。

4
その日は、いつもより暑(あつ)かった。太助(たすけ)はいつものように、八幡岬(はいまんみさき)の風をふくろにいれて、山道をくだった。
あまりにもあつい。がまんできなくなった太助(たすけ)は(少しくらいならよかろう)と、ふくろの口ひもを少しゆるめて、風をだした。
「おお、なんと気持ちよいこと」
ひとりごとを言いながら、風にあたっていた。あせはたちまちひっこんでしまった。
「こりゃあ、気持ちいいや。だんなさんがよろこぶのも、むりはない。もう少し、もう少し」
と、思ってうちに、ふくろはしぼんできた。
「こまたぞ。また岬のてっぺんにのぼるのも、めんどうだし・・・」
と、しばらく考えた。
太助(たすけ)はいきなり、ふくろの口におしりをいれた。そうして力(ちから)いっぱいふんばった。
ボワーン ボワーン
へをこいた。
「まだふくろはふくらまない」
ボワーン ボワーン
また、力(ちから)いっぱいふんばった。ふくろはもとのようにふくらんだ。
「これでよし」
太助(たすけ)はふくらんだふくろをかついで、家にかえってきた。そうして、
「だんなさん、風をどうぞ」
と、いつものように風をおくってやった。すると、だんなさんは
「おい、太助(たすけ)や、きょうの風はくさいがどうしたのだ」
と、たずねてきた。すると、太助(たすけ)はすました顔をして
「そうですか。風がくさったのでしょう。こんなにあついと、魚も何でもくさってしまうから、くさったのでしょう」
と、こたえた。
「そうか、かぜもこのあつさで、魚とおなじようにくさってしまったか。」
だんなさんはそう言いながら、鼻(はな)をつまみ、風にあたっていた。
つぎの日からだんなは、風をとってくるようにとはいわなくなったと。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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