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地名の話

地名の話

櫛浜(くしはま)

勝浦市の昔ばなし

1
むかし むかしのことだ。
勝浦の浜に権右衛門という庄屋をつとめる者がおった。権右衛門には、喜助という気立てのいい一人息子がいた。
庄屋の家の近くに、お民という海女が母と暮らしていた。家は貧しかったが、明るく働き者のお民だった。
漁の終わった夕方、あかね色に染まった浜を、喜助とお民が肩寄せ合って歩く姿がたびたび見られた。村の衆も
「二人は本当に仲がいいこと」
「でも、身分がな・・・」
「仲がいいんだ・・・」
「二人は一緒になるんだぺー」
と二人の仲をうらやみ、時には身分のちがう二人の将来を案じた。

2
喜助はますますお民を愛おしく、嫁にもらいたいと思うようになっていた。ある日、喜助は
「お父っつあん、お民を嫁にもらいたい」
と心の内を父に話した。 すると父は
「なにをいう。バカな」
「・・・・・・」
「おまえは海女を嫁にもらうのか。先祖代々庄屋を務める家に海女の家から嫁をもらえるか。おまえの嫁は決まっている。おれが決めてある」
と、額に青筋をたてて怒鳴った。父の罵声と怒り顔に喜助はだまってしまった。そして父は最後に
「もう二度とお民に会ってはなんねえ。口を聞いてもならない」
と念をおした。
その年の秋、喜助のもとに隣村の由緒ある家から嫁が迎えられた。結婚式があげられ、祝いの宴が開かれた。村中はもちろん近在近郷から大勢の人が招かれた。それはそれは豪華な祝言であった。
ところがこの祝言をさかいに、お民の姿を見た者はだれ一人いなくなった。村中でさがしたが、見つけることはできなかった。旅姿の民子を見たとか、自殺したとかいううわさが一時たったが、その後だれもお民を見たというものはなかった。

3
三年たった。お民のうわさをする者もなくなっていた。
ある夏の朝であった。朝靄が立ち、見通しの悪い日だった。喜助と隣の三郎が漁に出かけようとしたときだ。三郎が突然、声を上げた。
「見ろ、あれはだれだ・・・」
喜助が海を見ると、あるはずのない大きな岩の上に若い娘が長い髪をたらして座っている。よく見ると櫛で髪をとかしている。じっと見ていると突然ふりかえった。喜助と目が合った。
「おお、お民」
思わず喜助は声をあげた。しかし娘はまた沖の方をむき、髪を梳き始めた。
「あれはお民だ。舟を、舟を・・・」
二人は急いで舟を出し、霧のたちこめる沖に向かって櫓をこいだ。しかし、お民のいた所まで来ると、お民は沖に遠ざかる。舟が進むと、進んだ分だけまた沖に遠ざかる。
やがて霧が流され、太陽がさしてきた。するとお民の姿が突然消えた。夢のような出来事だった。気がつくと、勝浦の山が遠くに見える沖まで来ていた。
二人は浜をめざして櫓をこいだ。舟を浜辺に着けると櫛がひとつ落ちていた。その櫛は喜助がお民に贈った櫛だった。櫛を拾うと喜助は胸に抱いて泣いた。
やがてこの浜は櫛浜とよばれるようになった。そして、いつしか「くしはま」という呼び名だけ残って、串浜という字が当てられるようになったと。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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つか坊と姉ちゃん