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お化けの話

お化けの話

巡礼谷の白蛇

いすみ市の昔ばなし

旧岬町鴨根(みさきまちかもね)に阪東(ばんどう)三十二番札所(ばんふだしょ)、清水寺がある。車社会の現代、歩いて札所(ふだしょ)巡(めぐ)りをする人たちはすっかり減った。しかし、むかしの札所巡(ふだしょめぐ)りは車などなかったから、ひたすら歩いた。白い衣に菅(すげ)の笠(かさ)、足もとは白足袋(しろたび)に草鞋(わらじ)、手には杖といういでたちであった。

1
むかし、むかしのことだ。
菜の花と桜の花が咲く季節だった。清水寺のふもとの田んぼでは田植えがはじまっていた。
チリーン
チリーン
・・・
杖につけた鈴の音が菜の花畑に響いてきた。
夕日が西の山に沈む頃、今夜の宿を求めて巡礼達が足早に通り過ぎた。やがて日が沈み薄暗くなると、巡礼の姿も見えなくなり、代わって野良仕事の終わった農夫達が家路を急いだ。
そして月の出る頃、昼間の巡礼のにぎわいがうそのように静かな村へと変わった。月光が桜の花を照らす。桜月夜だ。時おり、風もないのに花びらが舞う。美しくも妖(あや)しい月夜だ。

2
平助が父から頼まれた手紙を寺の住職に届けた帰り道のことだった。寺の坂道を下っていくと、
チリーン
チリーン
・・・
坂下から鈴の音が聞こえてきた。しばらくすると、巡礼の姿が見えた。一人だ。
チリーン
チリーン
・・・
音が近づいてきた。すれちがいざまに平助は巡礼をのぞき見た。月が巡礼の顔を照らした。娘だ。色白な細おもての娘だ。平助は美しいと思った。思わず平助はふり返った。娘もふり返りたずねた。
「この坂を上ればお寺ですか」
「もう少しで山門(さんもん)です」
「ありがとうございます」
ニッコリほほ笑(え)んで頭を下げた。平助もニッコリと笑みをうかべ頭を下げた。

3
家に帰った平助は、先ほど会った巡礼の娘が気になった。
あくる夜、平助の足は自然と清水寺に向かっていた。今夜も月明かりが坂道の桜を照らしていた。風がふくと花吹雪のごとく舞った。(そろそろ今年の桜も終わりか)と思いながら、坂道を登った。ちょうど昨夜、巡礼娘に出会った所にさしかかった。すると、昨夜の巡礼娘が坂を下りてきた。平助は顔が赤くなるのを感じた。
「こんばんは」
声をかけたのは平助の方だった。
「こんばんは。・・・来てくださると思っていました」
娘は微笑(ほほえ)みながら言った。
「どちらからおいでですか」
「遠いところから来ました」
「遠いところ・・・」
「ええ、遠いところ」
遠い所と答えるのみで、地名は言わなかった。
「ここらあたりはいかがですか」
「ええ、・・・少し狭いです」
「狭い」
「ええ、狭いです。とても美しい所ですが・・・狭いです」
「・・・・・・」
平助には意味がわからなかった。ふたりは、しばらく話し合った。月は二人の真上から西に傾きはじめた。
「わたしはこれから、広い土地をさがしにまいります」
二人は菜の花の咲く畑の間を歩いた。街道に出ると
「わたしはこちらの道をまいりますので、あなたはあちらの道を行ってください。決してふり返って私を見てはなりません。約束してください」
娘は言った。平助は、言われるままに
「はい」
と答えた。二人はしばらく名残を惜しんだ。そうして、右と左に分かれて歩きだした。
平助は娘の顔を見たいと思った。しかし、娘の
「ふり返ってはいけません」
という言葉を思い出し、もう一度見たいという気持ちをおさえ歩いた。菜の花が月明かりの下で黄金色に輝いていた。とうとうがまんできずに平助はふり返った。すると、煌々(こうこう)と照る月明かりの下に、大きな真っ白い蛇が山の間を体をくねらせて去って行った。平助は血の気が引いた。

4
その後、平助はこのことをだれにも話さず心の中にしまっておいた。しかし、桜の季節がやってくると、巡礼谷の不思議な光景を思い出す平助でした。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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