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へびむすこ

いすみ市の昔ばなし

1
むかし、むかしのことだ。夷隅(いすみ)の村に、まずしい夫婦が、わずかな田んぼと畑をたがしてくらしていた。ふたりには子どもがなかった。
ある夏の日のことだった。畑しごとのかえり道、きずついた小さなへびが一ぴき、道ばたに横たわっていた。
「おお、こんなにけがしてわいそうに。家につれていって、手あてしてやろう」
二人は、きずついたヘビをつれかえって、きずのてあてした。そうして「次郎(じろう)」というなまえをつけると、
「じろう、次郎(じろう)。たくさん食べておおきくなれよ」
と、ほんとうの子どものように、かわいがってそだてた。
五年がすぎた。次郎(じろう)は二メートルほどの長さになり、胴回りもふといふといモウソウ竹のように成長した。
村の人たちは、
「次郎(じろう)ちゃん、次郎(じろう)ちゃん」
と言って、はじめのうちはめずらしがって、ヘビの次郎(じろう)をけんぶつにきたが、だんだん大きくなると
「きみがわりい・・・」
「おおきな胴体、こわいよね・・・」
「子どもがのみこまれはしないかね・・・」
と、きみわるがったり、害をうけたらたまらないと、しんぱいするようになってきた。そうして、子どものない夫婦に
「きみがわるいから、山にはなしてきて・・・」
「子どもがしんぱいなのでころしてよ・・・」
とたのみにきた。そのたびに
「次郎(じろう)は、わるいことなどしません。どうか、山にやるとか、ころすとかいわないでください」
と、たのんだ。しかし、村のひとたちは
「ひがいが出てからではおそいぞ。その前にころしたほうがいいぞ」
「あんたら夫婦ができないなら、わしらが山にはなしてくる」
と、言った。
「村の人たちが、これまでいうのではしかたないか」
夫婦はなやんだ。
ある日、次郎(じろう)をよんで
「村のみんなが、こまるという。もうしわけないが、山にかえるか・・・」
と、なみだながらに話した。次郎(じろう)は、夫婦のなみだをみると
「ああ、よくわった。おら、ふるさとの山にかえる。長い間おせわになりました」
と、今にもおちそうになるなみだをこらえて、こたえた。

2
そうして、よく日の朝はやく夫婦がおきる前に家を出ていった。
目をさましたときには、次郎(じろう)のすがたはなかった。のこされたふたりは、次郎(じろう)がどこへいったのかしんぱいでならない。
「次郎(じろう)は、ふるさとの山にかえったのだろうかね」
「ぶじ、かえれただろうかね」
と、話しあった。
しかし、しんぱいでしんぱいでしかたない。五年前、次郎(じろう)がきずついてよこたわっていたところにいくことにした。とちゅうの草むらから、次郎(じろう)が大きなからだをひきずっていったあとがつづいていた。ふたりは、次郎(じろう)の通ったあとをおいかけた。草むらをとおって、林にはいり、山のおくへとつづいていた。
やがて、山あいの谷川にそって、ひらけた草はらにたどりついた。そこには、次郎(じろう)が大きな体をくねらせながら土をほっていた。
「いったい、なんのためにこんな大きなあなをほるんでしょうね」
ふたりは、ふしぎに思って木かげに身をかくしてながめていた。そうしているうちに、いつしか日がくれたので、次郎(じろう)をおいて家にかえった。
「いったい次郎(じろう)はなにをするつもりでしょうね」
家にかえっても次郎(じろう)のことが気になってしかたない。

3
よく朝、夜の明けるのををまって、二人はきのうのところへいってみた。するとどうだろう、そこには一晩のうちに、大きな池ができああがっていた。
そして、次郎(じろう)のすがたはどこにもみあたらない。
「次郎(じろう)、じろうーやーい」
「次郎(じろう)、とうさんとかあさんだよ」
と、かわるがわるさけんだが、かえってくるのは山のこだまばかりだった。
それから、夫婦はまた二人だけの生活がはじまった。山へ行っても田んぼしごに行っても
「次郎(じろう)は今ころなにをしているでしょうね」
「次郎(じろう)がいたころは、あんなにたのしかったのに」
と、二人の話は次郎(じろう)のことばかりであった。

4
やがて春になった。次郎(じろう)がほった池のまわりにはサクラがさき、美しい花がさきみだれた。
そうして夏になっても秋になっても、季節の花がつぎからつぎにさき、一年中、色とりどりの花が池のまわりにさいた。
そのことがしれわたると、あっちの村こっちの村からおおぜいの見物人がやってきた。そうしていつの間にか、村の人たちはヘビのことなどわすれていた。しかし、夫婦にとっては一日たりとも次郎(じろう)のことをわすれたことはなかった。
「いまころ次郎(じろう)はなにしているだろう」
「げんきでいるだろうか」
と、心配しながらくらしていた。

5
池のまわりにはサクラの花がさき、また春がやってきた。おおぜいの見物人が、サクラ見物にやってきた。
長者どんのむすめも、晴着をきかざってやってきた。サクラにみとれている間に長者のむすめが足をすべらせて池に落ちてしまった。
「たいへんだー。だれかたすけてくれー」
「池に女の子が落ちてしまった。たすけてくれーたすけてくれー」
と、おともの者がさけんでも、だれ一人とびこもうと言うものはなかった。ただ、みんな
「どこだ、どこに落ちたのだ」
と、さわぐだけだった。
「ああ、死んでしまったのだろうか」
あきらめかけたころだった、池の水面が波立ったかとおもうと、次郎(じろう)が長者のむすめをくわえて
ザザー ・・・
と、いう水しぶきとともにうかんできた。そうして、池のほとりに長者のむすめを静かにおいた。ぐったりしていたが、むすめはやがていきをふきかえした。長者はよろこんだ。
「むすめがたすかった。ありがとうございます。ありがとうございます。おれいになんでもします。なんなりとおっしゃてください」
と、次郎(じろう)にいった。すると次郎(じろう)は
「わたしは、なにもほしくありません。ただ、おせわになったおとうさん、おかあさんのめんどうをみてあげられなかったことが、ざんねんでなりません。まずしい二人をどうかおねがいします」
と、言うのでした。
「そうか、そうか、たやすいことだ。あなたは、わしのだいじなむすめの命のおんじんです。ふたりのめんどうは、このわしがひきうける」
長者がそう言うと、次郎(じろう)はあんしたのか、静かに池の底ふかくしずんでいった。
それからといもの、まずしかった夫婦はしあわせにくらしたという。そうして、次郎(じろう)のすがたは、その後だれも見たものはない。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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