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悲しい話

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人柱となったおとう

いすみ市の昔ばなし

房総の山から流れ出した夷隅(いすみ)川は、くねくね曲がりながら進み、やがて岬町(みさきまち)で海に流れこむ。上流部の流れは深い渓谷をつくり、道路にかかる橋げたは高い。橋の上から川の流れを見ると、めまいがするほどである。
橋の上からこの深い深い渓谷をながめていると、
「遠い昔、橋をかける技術やふんだんに鉄を使うことのできなかった時代はどんな生活をしていたのだろう。道路から水の流れる川面までどのようにして降りて行ったのだろう・・・。」
と、とおい昔に思いをはせることがある。

1
むかしむかしのことだ。今の大多喜と中川(なかがわ)の間に木の橋がかかていた。大多喜と夷隅(いすみ)町を結ぶ大事な橋だった。でも、大雨がふればすぐに流される橋であった。橋が流されるといく日も往来(おうらい)ができなくなる。村の衆は
「こまったもんだ。ほんとにこまったもんだ」
と、なげいた。
ちょうど、秋の台風の季節だった。旅の僧が、この橋のたもとにさしかかった。橋は大雨に流され、渡ることができないでいた。
「やっぱり流されたか」
おろおろしている村の衆に、僧は言うともなくつぶやいた。そして言った。
「この橋は、大水のたびに流されるであろう。ナンマイダー、ナンマイダー」
「そうですだ。この橋は大雨の後には、いつも流されて、こまっているだ」
僧は
「そうでしょう。そうでしょう」
と大きくうなずいた。そうしてゆっくりと話した。
「この橋には、川神様のたたりがあるからじゃ。」
「川神様のたたり・・・」
「そうじゃ。たたりじゃ」
「そのたたりをおっぱらうには、いかようにすれば・・・」
「たたりを取り除くには、方法は一つしかない」
「どんな方法で」
僧はしばらくだまっていたが、ふとい声でおもむろに
「人柱をたてねばならぬ。それしか方法はない」
人柱ということばに力(ちから)をこめていった。
「人柱って、生きたまま人間を土にうめることですか」
「そうじゃ。」

2
橋を守るには、人柱しかないことを聞くと
「だれが人柱になるだろう」
と、いう話が村中で、もちきりとなった。しかし
「生きたまま土にうめられるなんて、いやなこっだ」
「おらも、いやだ。いやだ」
と、だれも人柱になる者などなかった。
こまったのは庄屋さんだった。庄屋さんは考えに考えた末、こんな結論をだした。
「おおどろぼうとか、家に火をつけたやつとか、悪いことした人ならどうじゃ」
と言うことになった。村の衆も
「悪いことした人ならいいだろう」
「そうすべえ、そうすべえ」
と、言うことになった。

3
さて、このあたり一帯は山の中で、田んぼがほんの少しあるだけで、どの家も貧しかった。とりわけ、春子の家は貧しかった。おっかあは、はやり病で死んで、おとうが男手ひとつで春子をそだてていた。春子は
「おなかすいた。おなかすいた」
と言ってよく泣いた。そんな時おとうは春子にほした大根をにぎらせ
「これで、がまんしろ」
と言った。春子はほし大根をかじりながら、泣きつかれて寝入ってしまうのだった。
秋も終わって、もうすぐ寒い冬がやってくるころだった。春子は熱を出して寝込んでしまった。こんな春子を見て、おとうはつぶやいた。
(病気になるのも無理はねえ。なんとかうまいものを食べさせたいもんだ)
その夜のことだった。おとうは庄屋の蔵(くら)にしのびこんで、茶わん一杯の米をぬすんでしまった。そうしてその夜、白いごはんをたいてやった。春子は
「わあ、白まんまだ。白まんまだ」
と、言って白いごはんをたいらげた。おかげで病気もすっかりよくなった。
病気がなおった春子は
「白まんまうまかったな。おとう、どこからもらってきたの・・・」
と、おとうにきいた。おとうは、へんじにこまって
「ありゃな、こんこんキツネさまがもってきてくれたんだよ」
とうそをついた。
数日すると春子はまた
「白まんま、食べてえな」
「おとう、こんこんキツネさんにたのんでおくれ」
と泣きじゃくった。
(こんなに白まんま食べたがっている。かわいそうに)
と、思ってその夜、おとうはまた庄屋の蔵(くら)にしのびこんで、茶わん一杯のお米をぬすんでしまった。翌朝、米のご飯をみると春子はとびはねて喜んだ。しかし、おとうはきびしい顔で春子にいった。
「春子、白まんまのこと、人に言ってはなんねえぞ。いえば、こんこんキツネさまは白まんまもってきてくれなくなるぞ。絶対言ってはなんねえぞ」
ときつく言った。
「わかった。だれにも言わねえ」
春子は、にこにこしながらこたえた。

4
白まんまを食べた春子は、うれしくてたまらない。大事にしていた手まりをだいて遊びにいった。
うれしくてたまらない春子は、歌いながら手まりをついた。

白いまんまが ふっか、ふっか
白いまんまは だれくれた
こんこんキツネのおみやげで
春子の家に持ってきた
春子の家に持ってきた

このとき、村役人が春子の歌をじっときいていた。
「庄屋の蔵で米が盗まれるということだが、さては」
村役人はさっそく春子の家をしらべた。すると、茶わんの底に残っていた米が見つかった。春子のおとうはなわでしばられ、村役人につれていかれた。そうして
「百姓はお米を口にしてならないはずだ。どうしてお米があるんだ」
と、役人にきびしく問いただされた。はじめは
「知りません。わかりません」
と、うそをついていたが、あまりにもきびしいごうもんにたえきれず、おとうは
「春子があまりにふびんで、ついつい盗んでしまいました」
と、はくじょうした。庄屋と村役人は
「そうか、そうか。うめえぐあいに人柱ができた。橋の工事をさっそくしよう」
ということになった。春子のおとうは川底深く生きたまま人柱としてうめられた。そうして、春子のところに二度ともどってこなかった。
春子は七日七晩、泣きとおした。村の衆がかわるがわる、なぐさめにきたが、春子は口をつぐんだまま、へんじをしなかった。そうして春子はものいわぬ子になってしまった。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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