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戦(いくさ)の話

戦(いくさ)の話

カニになった広常の霊

いすみ市の昔ばなし

1
むかしむかしのことだ。
緑の田んぼがどこまでも続いていた。風が吹くと苗は次々におじぎをする。そして、風が通りすぎるとまた頭をもたげる。
夏が近づくと、次は田んぼの雑草取りだ。
あちこちの田んぼで、草取りがはじまった。「秋にはいい米ができますように」みな願いをこめて田の雑草をとった。
この時期、草取りと同時に神経を使うのが田んぼの水やりだ。水をやりすぎてもいけないし、枯(か)らしてもいけない。そこで、田んぼの見回りは毎日欠かせない。
「このところの暑さで、水が足りないのでは」
嘉助(かすけ)は小川から引いている水路の止め板をはずしに出かけた。小川に来ると、清らかな水がコトコトコトコト音をたてて流れている。川岸には大きなフキの葉っぱがゆれていた。長くのびた草にかくれ、見えなくなっていたせき止め板を、草をかきわけてさがした。板のまわりの小石をとって止め板をぬき、小川に作ってある止め板のわくにさしこんだ。小川の流れは田んぼの方に向かって流れはじめた。
「よし」
嘉助(かすけ)はあぜ道を走るように戻った。水は大きな田んぼを迂回(うかい)しながら流れた。水より先に田んぼに着いた嘉助(かすけ)は田んぼの端の水口を、じっと見つめた。
水路の上流を見たり、田んぼの水口を今か今かと見続けたが水は来ない。
「こりゃ、どうしたことだ。葉っぱでもつまっているのか」
今度は水路を見ながら小川まで歩いた。
すると、水路の途中(とちゅう)でボコボコボコボコ水があふれているではないか。
「こりゃ、田んぼまで流れて来ないはずだ。水路の土手がくずれたのか」
独り言を言いながら勢いよく水のあふれる水路を見た。
「石か?大きな石だ」
嘉助(かすけ)は石を持ち上げようと小川に手を入れようとした時だ。
「ワアー」
嘉助(かすけ)は大声をあげ、後ずさりした。

2
そこにはカニがいた。大きなハサミを持ち上げてもがいている。ハサミだけ動いているが身体は動かない。身体のそばからはボコボコ水があふれている。
「ははあ、動けないはずだ」
よくよく見るとカニの身体は水路にはまっているではないか。その時、ボコボコという水の音とともに人の声が聞こえてきた。
「助けてくれ、助けてくれ」
と、聞こえる。カニのハサミをにぎって引っ張ってやった。すると、身体は水路からスルリとぬけた。カニは疲れ切ったように身体をあぜ道に横たえ
「かたじけない」
と、力ない声で礼をいった。水路からあふれていた水は水路に沿って流れはじめた。嘉助(かすけ)が田んぼに向かおうとした時だ。
「里の人の暮らしはいかがかな」
と、カニが話しかけてきた。カニの声は威厳(いげん)に満ちていた。思わず嘉助(かすけ)も
「ええ、お陰様で戦もこのところありませんし。里の者は平和に暮らしています」
と、よそ行きのことばでこたえた。
「さようか。それはよかった」
「ところで城主様はいかがかな」
「はい、今は城の跡だけが残っております。昔の城主様は上総介広常様と申す方で、民のことをいつも親身になって考えてくださる方たと聞いています。これ、この田んぼも広常様が作られたものだと、家のじいさまに聞いたことがあります・・・」
「そうじゃったのう」
「しかし、広常様は鎌倉で殺されてしまわれた。さぞ、口惜(くや)しかったことでしょう」
「そりゃ、口惜しかった。この上総の地でもっともっと政(まつりごと)をしたかった・・・」
「ひょっとして、あなた様は広常様ですか」
「むむ・・・」
そうだとも、違うとも言わず、カニは大きな体を起こすとハサミをふりながら山の方に向かった。

3
嘉助(かすけ)はこの不思議なカニのことを里の者に話した。だれもが
「嘉助(かすけ)は夢でも見たんだっぺや」
と言って、大きなカニの話をだれも信用しなかった。
ところが、里の長老だけはちがった。
「嘉助(かすけ)どんもカニを見たか。あれはな、殿様の霊(れい)だ。殿様は布施(ふせ)の地が気になってカニに姿を変えてこの地にやって来るのだ。わしも、若いときに大きなカニに山の中で出会ったことがある・・・」
「広常様はそれはそれは立派な方じゃったそうだ。いつもわれわれ民百姓(たみひゃくしょう)のことを第一に考えてくださり、飢饉(ききん)の年は年貢(ねんぐ)のとりたてを少なくして下さったそうじゃ。あの川の土手のふしんも広常様が・・・」
「つまりカニは広常様の化身」
「そうじゃ、あれは広常様の化身じゃ。広常様は戦(いくさ)をたいそうきらわれたそうじゃ。戦(いくさ)でいつの世も犠牲(ぎせい)になるのは民百姓(たみひゃくしょう)じゃ。百年前に頼朝様が援軍(えんぐん)をお願いに来られた時もそうじゃ。できれば戦をせずにすむ方法を広常様は考えられた。それで、下総の国の千葉様と話し合って結論を出そうとされ、すぐには援軍(えんぐん)を出されなかったのだ。・・・それが頼朝様には気にくわなかったらしく、後々まで広常様に対しおもしろくなかったようじゃ。それに、広常様は頭もきれ、戦(いくさ)の名人だったので、頼朝様は反逆(はんぎゃく)されると疑心(ぎしん)を持たれていた。そんな頼朝様に入れ知恵したのが梶原景時(かじわらかげとき)じゃ。景時(かげとき)は悪いやつだ・・・」
長老はくやしそうに話した。
「そうだったのか。この世に未練を残した広常様の化身が大きなカニになっ
て、この布施(ふせ)の地をさまよっておられるのか」
嘉助(かすけ)は長老の話に大きくうなずいた。
今も布施(ふせ)の小川では大きなカニを見かけることがあるという。

おしまい
(齊藤 弥四郎 著)

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