1
むかしむかし、万木(まんぎ)の城下(じょうか)を男が歩いていました。夜もおそいので、人通りもありません。
やがて、月が雲間(くもま)から出てくると、美しい着物をきた娘がとぼとぼ歩いるではありませんか。
こんな夜中に、若い女が夜道の一人歩きとは。きっと心細いにちがいない。声をかけてあげれば、心強いだろう。
ヒョッとしたら、美人かもしれないと、スケベ根性(こんじょう)もあって、
「もしもし、むすめさん」
すると、女はふりかえって
「何かご用ですか」
と、言いました。
2
男は、思わず
「ギャー」
と、さけびました。
なんと、女の顔は目も鼻も口もない、のっぺらぼうだったのです。
男は
「おばけだ、おばけだ。助けてくれえ、助けてくれえ」
夢中(むちゅう)でにげ出しました。走って走って、やっとそば屋の明かりを見たときには、ほっとしました。
男は、そば屋のおやじに
「おばけだ、おばけが出た。あんなおそろしいのを見たのははじめてだ」
と、息を切らせながらいいました。
「へえ、おばけですか」
「の、のっぺらぼうが出たんだよ。目も口もない、のっぺらぼうが」
3
うつむいていたそば屋のおやじが
「お客さん、その顔は、こんな顔じゃないかね」
と、顔をあげました。
「ギャー」
そば屋のおやじの顔は、これまたのっぺらぼうでした。男は、あまりのおそろしさに気をうしなってその場にたおれましたとさ。
おしまい
(齊藤 弥四郎 著)